『阿部真央らいぶNo.9』一夜限りの復活 自らの思考の現在地を示したドキュメンタリーのようなステージに

『阿部真央らいぶNo.9』レポ

「東京ー!会いたかったぜーー--!!!!」

 阿部真央が張り上げた声は、骨太なバンドサウンドを追い風にして遠くへと伸びていった。6月2日のEX THEATER ROPPONGI公演『阿部真央らいぶNo.9』は、残念ながら中止となった2020年の全国ホールツアーと同名。そのツアーは9thアルバム『まだいけます』のリリースに伴うもので、アルバム収録曲をライブで披露できていない状態が長らく続いていたが、「ぬるっと何となく進むことはできない」「何がなんでもやりたい」という本人の想いから、一夜限りのライブとして復活した。

阿部真央(写真=上山陽介)

 No.9といえば「歓喜の歌」が有名なベートーヴェンの「交響曲第九番」が思い浮かぶが、再会できた喜びとともに笑顔溢れるライブとなったこの日が「No.9」というタイトルだったのは、偶然とはいえ縁を感じる。ブランクを感じさせないエネルギッシュな歌声がステージと客席の距離を埋め、時間の氷壁を瞬く間に溶かしていく。緊張はなく、嬉しすぎてテンションが上がっていると笑う阿部真央の姿が印象に残った一日だった。なお、全23曲の演奏後にはトークショーが開催された。どこまでもバイタリティに溢れる人である。

 この日は『まだいけます』の収録曲とアルバムリリース以降に配信リリースされた楽曲を中心に披露。阿部真央のアルバムといえば、それまでのイメージを打ち破る作風であることが多く、『まだいけます』もまたそういうアルバムだったが、この日のライブのオープニングは、アルバムを初めて聴いた時にリスナーが体験する驚きや衝撃を再現するようなものだった。開演時刻になると、阿部真央とバンドメンバーがSEなしで登場。レコーディングも一発録りだったという「dark side」を、最もシンプルな弾き語りスタイルでまずは歌い鳴らした。聴く人の心を刺すような生身の歌に、張り詰めたステージ、固唾を飲んで見守る客席。たった一人で会場中の空気をバリバリと震わせたあと、バンドメンバーとともに臨んだ「お前が求める私なんか全部壊してやる」はまるで音の洪水といった感じだ。西川進(Gt)、和田建一郎(Gt)、高間有一(Ba)、石井悠也(Dr)、阿部雅宏 (Key)、前田雄吾(Manipulator)によるパワフルなロックサウンドとともに、「まだいけます」、「pharmacy」とアルバム収録曲を演奏していく。

阿部真央(写真=上山陽介)

 自身の中にある激しい衝動を曝け出すようなオープニングのあとに待つのは、〈昨日までのイイ子の私はもう居ない〉と歌う「ふりぃ」だ。大人になると丸くなるとよく言うが、デビュー14年目を迎えた阿部真央の表現はむしろどんどん鋭くなっている印象。元々持っていた性質を見つめ、開花・覚醒させる取り組みは、人の内にある綺麗なだけではない部分に触れられる歌として形になり、それがライフワーク的に生み出され続けているラブソングの深みにも直結している。「どうにもなっちゃいけない貴方とどうにかなりたい夜」、「テンション」、「今夜は眠るまで」といったアルバム収録のラブソングに加え、アコースティックギター弾き語りでの「morning」、キーボードを弾きながら歌った「ふたりで居れば」などバラードも届けた中盤セクションからは、シンガーソングライターとしての充実ぶりが伝わってきた。

 先述の通り、アルバム収録曲だけではなく、その後リリースされた楽曲も披露されたこの日。つまり、『まだいけます』以降、阿部真央が考えたことや曲にしてきたことを振り返るある種ドキュメンタリー的な性質も持ったライブだったわけだが、“『まだいけます』以降”のモードを特に象徴していた曲が2つあった。1つ目は「READY GO」。ライブの終盤、疾走感溢れるアッパーチューンを演奏するにあたって、阿部真央は「私たちは先天的な性質を変えることはできない」が、「持っているこの命で挑んでいこうという気持ちになった時に書いた曲」だと語っていた。また、そういったメッセージは、タイアップもあり、自分の中から引っ張り出してもらえたテーマだった、とも。デビュー10周年という一つの節目を超えて、そしてライフステージの変化が一気に訪れた20代を経て、現在の阿部真央は“ただ、私を生きるのみ”という境地に達しているのではないだろうか。

阿部真央(写真=上山陽介)

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