米津玄師はいかにしてポップソングの担い手となったのか 革新と広がりをもたらした10年の歩みを振り返る

 米津玄師が今年5月にデビュー10周年を迎えた。ボカロP・ハチとして数々のボーカロイド楽曲をヒットさせてきた彼が、本名の米津玄師を名乗り、1stアルバム『diorama』をリリースしてから10年。“ネットカルチャーの第一人者”から“時代と繋がるポップソングの担い手へ”と変遷を遂げていったアーティストは今でこそ何組か思い当たるが、米津はその筆頭といえる存在だ。また、ライブのMCやメディア出演時に“変化していくことは美しいこと”といった価値観をたびたび語っているように、日本を代表するアーティストになって以降も米津が発表する曲は先鋭的であり続け、私たちに新鮮な驚きをもたらした。つまり、米津玄師の10年とは変化と革新の歴史である。本稿ではその歩みを振り返りたい。

 米津玄師名義での初の作品『diorama』は、自身の声で歌った曲のみを収録したアルバムだった。その1つ前に発表されたアルバム、ハチ名義での『OFFICIAL ORANGE』(2010年)のラストには自身がボーカルをとる曲「遊園市街」が収録されているが、同曲で見せた片鱗が約2年を経てアルバム『diorama』として形になったのだ。ボカロPとしてのヒット曲を一つも収録していない点からは、自分にとって馴染み深いフィールドを一旦離れ、新しい場所へと繰り出そうという意思を感じた。

 『diorama』は歪んだギターの音から始まる。BUMP OF CHICKENなどがルーツということもあり、ベースにあるのはスタンダードなギターロックサウンド。米津玄師名義での初投稿曲「ゴーゴー幽霊船」を筆頭にどの曲でも細かいギターフレーズが重ねられているが、耳を傾けると、あえて不自然な響きになるように音が重ねられていることが分かる。その響きがアルバム全体に漂う不穏な雰囲気の基になっていて、キャッチーなメロディや思わず口ずさみたくなるような語感の歌詞と合わさると、“軽快だが一筋縄ではいかない”、“スッと入ってくるが何か引っかかる”といったものに。新奇性のあるポップソングで現在に至るまで私たちを魅力し続けるアーティストとしての米津玄師の片鱗はこの頃からすでにあった。

米津玄師 MV『ゴーゴー幽霊船』

 作詞、作曲、歌唱のみならず、アレンジ、プログラミング、ミックス、さらにMVやアートワークも自ら手掛けたという『diorama』は、米津一人の世界で全てが完結する、文字通り箱庭的な作品だった。無常観など、米津個人の内にあるものも曝け出されている。この時点では自分以外の人と物作りをすることやバンドメンバーとともにライブを行う可能性について、まだ考えていなかったという米津(※1)。そんななか、翌年の2013年には、1stシングル『サンタマリア』でメジャーデビュー。多くの人と関わり合う環境に移った形になるが、後にライブのサポートメンバーとなる中島宏士、堀正輝、須藤優と制作した2ndシングル『MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー』のインタビューでは「プレイヤーの意図でアレンジが少し原曲と変わっても、それでも『いいな』って思うことができた」(※2)と発言していたり、2014年に初のワンマンライブ『米津玄師 Premium Live “帰りの会”』と初のツアー『米津玄師 LIVE “帰りの会・続編”』を開催したりと、少しずつ変化が生まれた。

米津玄師 MV「サンタマリア」
米津玄師 MV「MAD HEAD LOVE」

 変化とともに楽曲には広がりが生まれた。テンポが速くコードは歪、サウンド的にもアンバランスなのにどこかキャッチー、時には特有の節回しとともに和のエッセンスも少々滲ませる……というのが『diorama』でも見られた米津の得意技、とりわけネットカルチャーで育まれた作家性だ。メジャーデビュー以降は「MAD HEAD LOVE」などその方向性で行くところまで行ききった楽曲も発表された一方、「サンタマリア」や蔦谷好位置を編曲に迎えた「アイネクライネ」など、元来のメロディの美しさを活かしたバラードも制作された。歌詞の言い回しがシンプルになったことも含め、より普遍的な美しさを追求しようとする米津の姿勢がここに表れていたように思う。

米津玄師 - アイネクライネ , Kenshi Yonezu - Eine Kleine

 なお、和の要素は、その後メロディにヨナ抜き音階を採り入れ、共にその年を代表するヒットソングとなったDAOKO×米津玄師「打上花火」(2017年)、Foorin「パプリカ」(2018年)や、現代流都々逸というべき「Flamingo」(2018年)に結びつくこととなる。

DAOKO × 米津玄師『打上花火』MUSIC VIDEO

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