清 竜人×筧昌也『スナック キズツキ』特別対談 ポップスとドラマ、時代を射抜く作品に求められること

清 竜人×筧昌也『スナック キズツキ』対談

 清 竜人の新曲「コンサートホール」は、ドラマ『スナック キズツキ』(テレビ東京系/原作・益田リミ)のオープニングテーマとして書き下ろされた楽曲。「人はみな、傷つきながら、傷つけながら生きている」というドラマのテーマに重なる歌と、アコースティックギターを軸にした洗練されたサウンドメイクにより、極めて質の高いポップソングに仕上がっている。今回は清 竜人と、『スナック キズツキ』の監督である筧昌也による対談が実現。「コンサートホール」とドラマの関係性、この時代におけるポップスやドラマの在り方、クリエイターとしてのスタンスなどについて語り合ってもらった。(森朋之)

清 竜人 – コンサートホール

「個としての存在のなかに厳然たる世界がある」(清)

ーー新曲「コンサートホール」制作の入り口は、まず原作を読むところからだったのでしょうか。

清 竜人(以下、清):そうですね。ドラマの企画書をいただいて、原作を読ませてもらって、作品の世界観に合わせた曲を作ろうと思っていたので。実は個人的にはかなり難しかったんですよ。(『スナック キズツキ』は)淡々とストーリーが進んでいくなかで、人間の美しさが描かれている作品だなと感じたんですが、主題歌なのでポップスとして成立している必要もあるなと思って。

ーー淡々とした物語に寄り添いつつ、ポップスとしての魅力も欲しいと。

清:ええ。自分の配信シングルでもあるし、次のアルバムに収録される楽曲にもなるだろうということも踏まえて、素朴な世界観とポップスとしての強さのバランスを取りたかったので。苦労はしましたけど、やりがりのあるコラボレーションでした。

筧昌也(以下、筧):いま清さんがおっしゃったことは僕自身も思っていたことですね。深夜のテレビドラマとしての大衆性やポップさは必要なんですけど、原作の漫画はもうちょっと詩的というか、すごく簡素に表現されているんですよ。その淡々とした感じはドラマの演出にも持ち込んだほうがいいなと思っていたんですが、(大衆性との)バランスを取るのが難しくて。

清 竜人

ーードラマでいうポップさというのは、何気なくテレビを観ていた人を惹きつける要素ということですか?

筧:そうですね。テレビドラマというのは、通りすがりの人にも立ち止まってもらう「大道芸人」みたいな資質が求められると思います。映画はそうじゃなくて、美術館やサーカスのようにお金を払って、用意された空間で集中して観てもらうので、演出もかなり違うんですよね。ドラマの場合は途中から観た人にも「面白そうだな。来週からちゃんと観てみよう」と思ってもらうのも一つの大事な要素なので。

ーーなるほど。「コンサートホール」はすごくポップで聴きやすいですが、音楽的には非常に高度な楽曲だと思います。

清:そこは狙っていたところでもあって。一聴するとシンプルなポップスだし、聴き心地も気持ちいい。コード進行やアレンジの細部ではかなり難解なこともやっているんですけど、そう聴こえないように舵取りしたんですよね。

筧:そうだったんですね。曲を聴かせてもらったときから、こちらからは何も言うことがないというか、本当に素晴らしい曲だなと。

清:ありがとうございます。

筧:実は最初、「オープニング曲は女性アーティストかな」と思っていたんですよ。原田知世さん演じる主人公(トウコ)も女性だし、第1話・第2話のメインになっていた俳優(成海璃子、平岩紙)も女性。さらに脚本家(佐藤久美子、今西祐子)も女性なので、世界観としては勝手に「女性の声が合うのかな」と。でも、候補の中に清 竜人さんの名前があって、ピタッと来たんですよね。清さんのことは以前から存じ上げていて、曲も聴かせてもらっていたんですが、声に艶があって、ちょっと中性的なイメージもあったので『スナック キズツキ』の世界観にも合うだろうなと。

筧昌也

ーー歌詞についてはどんな印象がありました?

筧:〈両耳を塞いで 歌ったら 僕の身体はコンサートホール〉という歌詞がすごいですよね。この歌詞によって一気にパーソナルところに集約される感じがすごくよくて。でも、どうして「コンサートホール」だったんですか?

清:このドラマは「一人ひとりに人生があって、それぞれ大事にしている世界観がある」ということも描いていると思っていて。個としての存在のなかに厳然たる世界があるということを1つの言葉で表現したかったし、「自分のなかにコンサートホールがある」という描き方はいいなと。もちろん、ドラマの視聴者がさらに入り込める歌詞にしたいという気持ちもありました。

筧:ワクワク感がある曲ですよね。タイトルバックが映って、「コンサートホール」が聴こえてきたときに「今週もドラマ始まった!」という感じがすごくあります。このドラマは金曜深夜の放送なので、「今週も終わった〜」とホッとしながら観ている人も多いだろうなと思っていて。生活の一部という意味でも、音楽と連続ドラマは親和性が高いですよね。

ドラマ24 スナックキズツキ 第1話

「『スナック キズツキ』はとてもセンスが問われる」(筧)

ーー清さんはドラマ『スナック キズツキ』をどんなふうに捉えてますか。

清:まず、自分の主題歌がどんなふうに使われてるのが気になりますよね。

筧:そうですよね(笑)。

清:プロモーションビデオのような感じもあるし、すごく新鮮でした。ドラマに関しては、もともと個人的にも好きなジャンルなんですよ。淡々と進む日常のなかにいろんな機微があって、人間の美しさや醜さが描かれている。向こうから何かを主張するのではなくて、こちらからメッセージを見つけに行けるのもいいですよね。はじめはゆったり観ているんだけど、(前のめりになりながら)ちょっとずつこうなるというか。カット割りやシーン作りの素晴らしさもそうですけど、引き込まれます。

ーー大事件が起きるわけでもなく、普通の人々の日常のなかにあるストレスや悩みが描かれているので、共感できる視聴者も多そうですよね。

筧:そうだと思います。ただ、大きな事件がない物語を映像メディアとして作品にするのは、すごく難しいんですよ。例えば小説や漫画の場合は、作者の思いを作品のなかで言語化・文字化することができるじゃないですか。音楽も作り手ご本人の考えを曲に乗せることができますよね。

清:ええ。

筧:映像の場合、脚本家や演出家が「これを伝えたい」というものを押し出すと、拒否反応が起きがちなんです。そもそも映像作品は俳優の表情や声をカメラ、マイクで収録したもの、つまり「客観描写」だけで構築されています。「感情」や「思い」などの「主観」は映らない。だからといってモノローグを大量に入れても、漫画や小説には敵いません。映像作品、テレビドラマとしての強みを活かしたいけど、それを鑑みて原作『スナック キズツキ』にある繊細な心の機微を描くのは本当に難しい。でも、それを成り立たせるのが自分たちの一番の仕事です。演出しすぎるとリアリティを失うけど、かといって何もやらないわけにもいかない。大道芸人として「観てください!」とアピールする仕掛けも必要だから、この作品はとてもセンスが問われる企画なんです。

ーーそれも「コンサートホール」との共通点かもしれませんね。気軽に観れるんだけど、実は高いセンスと技術が込められているというか。

筧:「僕は(技術が)あります!」とは言えないですけどね(笑)。ドラマの演出というのはすべてを自分で仕切っているわけではなく、プロデューサー陣や撮影スタッフなどと一緒に進めているんです。もちろん俳優の皆さんの力も大きいので、いい表情をしているとアップで撮りたくなったりするから、セッションのような感じもありますね。

ーー『スナック キズツキ』には音楽劇の要素もありますよね。物語のクライマックスで、トウコとお客さんが歌ったり踊ったりするシーンはこの作品の見どころだと思います。

清:第1話から原田知世さんがいきなりギターを持ち出して、お客さんと歌うシーンがありますからね。

筧:確かに音楽の力を表現した作品でもありますね。音楽によって、いろいろなものから解放されるという……僕としては、そこにすべてが集約されていると思っているんですよ。当然ながら第1話が一番難しかったですけど、ストーリーが淡々と進んでいくなかで、いきなり歌ったり踊ったりするシーンが出てくるところを許容してもらえれば、第2話以降も観てもらえると思っていました。原作には音がないので、当然ドラマならではの場面になりますけど、映像作品というのは(企画や脚本など)ずっと文字ベースで準備してきたものを、映像的・音楽的な、非言語的な表現に落とし込んでゆく。それも我々の仕事なんだと思います。

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