松尾潔×ジェーン・スー、再発見する葛谷葉子の魅力 「時代性と普遍性のバランスが自然に備わったアーティスト」

松尾潔×ジェーン・スー語る葛谷葉子の魅力

新曲は歌の表現力が圧倒的で、人生経験が声に出ている(ジェーン・スー)

ーー2000年代半ばからCHEMISTRY、倖田來未さん、中島美嘉さんなどに楽曲を提供。BoAさんの「DO THE MOTION」はオリコンランキング1位を記録しました。

スー:もともと曲を作る力はありますからね。小田急ロマンスカーのCMのために作った「ロマンスをもう一度」(作詞:上野泰明/作曲:葛谷葉子)という曲は、いろいろなシンガー(畠山美由紀、kazami、アン・サリー、おおはた雄一、青葉市子)が歌い継いで、ずっと使われているんですよ。ただ、本人の辞書には「職業音楽家」という言葉はなかったと思うんです。

松尾:曲を書いて、歌うことにしか興味がないからね。おそらく今も、ビジネスとしての音楽業界には興味がないんじゃないかな。ここ数年は作家としての活動も控えていたし……。なのでカムバックの話を聞いたときは、かなり驚きました。

スー:私もビックリしました。

松尾:ですよね。今だから言えますけど、実は去年、「また歌いたいんです」と相談されたんですよ。

スー:そうだったんですね。

松尾:うん。そのときに「実はずっと歌いたかった」「新曲も書いていて、アルバムを出したい」と言ってたんだよね。10年以上のブランクがあるし、まずは配信で少しずつ新曲を発表するのが現実的じゃないかなと思ったんだけど、しばらくして、「新曲を収録したベストアルバムを出す」という話を聞いて。驚きつつも、良かったねという気持ちになりました。

スー:最初に相談するくらいだから、松尾さんのことをすごく信頼しているんでしょうね。

松尾:今回の新曲(「midnight drivin’」「Honey」)をプロデュースされているURUさんは、僕が関わる前、彼女がデモテープを作っていた頃から関わっていた方なんですよ。

スー:そうそう。すごいなって思いました。

松尾:URUさんはとても優れたクリエイターで、僕も平井堅さんやJUJUさんの仕事でご一緒させてもらったことがあって。今回の新曲も素晴らしいですよ。

スー:私も本当に感動しました。歌の表現力が圧倒的で、これまでの人生経験が声に出ているなと。

松尾:そうですよね。具体的にいうと、ブレスの使い方が上手くなって、それが陰影に富んだボーカリゼーションにつながっているんだと思います。当時の声質や歌い方も透明感があって素晴らしいし、あのときじゃないと出せない輝きがあるんですが、「midnight drivin’」「Honey」には2021年の葛谷葉子の表現がしっかり出ていて。いちだんと大人らしくなっても、まったく古びてはいない。

スー:そう、透明感を保ったまま大人のシンガーになってますよね。

ーーさきほど「デビュー当初に大人の世界観を求め過ぎたかもしれない」という話がありましたが、20年経って、彼女自身の作風とボーカルのバランスが取れてきたのかも。

スー:追いついたというか、彼女のなかで辻褄が合ってきた感じがあるのかも。昔の曲も全然古くなってないですし。

松尾:むしろ追い風が吹いてるんじゃない?

スー:そう思います。すごく運がいいなと思うのは、ここ数年、90年代のR&Bがリバイバルしてるじゃないですか。ちょっと前まで“古い”とされていたんだけど、ここにきて時計の針が合ったというか。葛谷はずっと変わってないんだけど(笑)。

松尾:そうだね(笑)。90’s R&Bは、一時的なリバイバルを超えて、ひとつのジャンルとして確立されている感じもあって。葛谷さんは何も変わってないんだけど、「このままだと時代遅れかな」とか「アップ・トゥ・デイトさせるべきかな」なんて考えなくても、好きなことをやれば、そのまま受け入れられる時代が到来したのかなと。僕がプロデューサーとして仕事をするときは“タイムリー”(時代性)と“タイムレス”(普遍性)のバランスをいつも考えるんですけど、その両方が自然に備わっているのが今の葛谷さんなのかもしれません。

ーー新曲「midnight drivin’」などは、シティポップの潮流にもピッタリですよね。

スー:そうですね。もともと歌い上げるタイプのシンガーではないし、昨今とみに盛り上がってきたシティポップとの親和性も高いと思います。

松尾:先ほども言いましたけど、ドライブミュージックとしての機能もあると思いますね。2021年の東京の若者はあまり車に乗らないかもしれないけど、今やドライブミュージックはドライブする人だけのものではなくて。「サーフィンはやらないけど、サーフミュージックは好き」というのと同じで、幻想のドライブミュージックとして成り立っていると言いますか。「midnight drivin’」はそのアンセムになり得ると思います。ベストアルバムのジャケットもよくできてますよね。「サイドシート」には〈今でも誰か思うのなら/私ナビしてあげない〉という歌詞があるんですけど、このジャケットに描かれている女性は、自分でナビを見て運転してるでしょ。

スー:女性の自立ですね。当時は“女の子の恋物語”というイメージもありましたから。「サイドシート」「Shinin’Day」「replay on 〜過ぎてゆく時の中で、満ちてゆく光の粒で〜」のジャケットを漫画家の魚喃キリコさんにお願いしたのも、そういう部分を伝えるためだったので。

ーーこのベストアルバムをきっかけにして、ようやく正当な評価を得ることになりそうですね。

スー:評価よりもまず、こういう音楽が好きな人に届くといいなと思います。今はサブスクもあるし、当時は届かなかった人にも聴いてもらえる可能性があるはずなので。

松尾:「まだ発見されていない」という感じもあるからね。たとえば竹内まりやさん、松原みきさんの楽曲と同じプレイリストに入れば、本人がアクションを起こさなくても、楽曲が動くんじゃないかな。千載一遇のチャンスだと思います。

ーーでは、お二人がこの先の葛谷さんに期待することは?

スー:「自分のことを歌ってみたら?」と思いました。彼女自身の人生で起きたことを歌うことで、説得力も増すでしょうし。

松尾:この10数年の間にもいろいろな経験を重ねているはずだし、それをメロディや歌にする才能を持ってますからね。葛谷さんは生の歌も魅力的なので、もし人前で歌いたいという気持ちがあるなら、やってみるのもいいと思います。

ーー今の葛谷さんの生歌、ぜひ聴いてみたいです。ちなみに葛谷さん、スーさん、松尾さんで連絡を取り合うことはあるんですか?

松尾:LINEでやり取りしてますよ。この前、メアリー・J.ブライジの伝記映画(『マイ・ライフ』)のことが話題になって。映画のなかで「(プロデューサーの)ショーン・パフィ・コムズとケンカしてた」というエピソードが出てくるんですけど、僕が「葛谷チームはケンカなかったよね」と書いたら、葛谷さんが「いえ、私は毎日怒られてました」と返してきたんですよ(笑)。

スー:私にね(笑)。

松尾:その後は僕置いてきぼりで葛谷さんとスーさんのキャッチボールがはじまったんです。「ごめんなさい」「いえいえ、今となってはありがたいお言葉ばかりです」「歌に帰ってきてくれてありがとう」「うわー泣きそう」というエモいやり取りがあって。スーさんが「泣かないで〜!」と書いたら、葛谷さんが「泣いてます、嬉しくて」と返して……そんなやり取りを読んでる僕まで泣いちゃうよね。葛谷さんはこうも言ってましたよ。「スーさんは怒るだけでなく、必ずその何倍もフォローしてくれました」って。優しいよね、スーさん。

スー:いえいえ。当時を振り返ると、葛谷と二人三脚でがんばったという気持ちと、私の力不足を悔いる気持ちがないまぜになってほろ苦いです。なんにせよ、また葛谷が戻ってきてくれたのが本当に嬉しいですね。

葛谷葉子 「Midnight drivin'」MV
『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』
『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』

■リリース情報
『MIDNIGHT DRIVIN'-KUZUYA YOKO MUSIC GREETINGS 1999~2021-』
CD
発売:2021年9月22日(水)
価格:¥2,750(税込)
1.midnight drivin' (新曲)
2.Honey (新曲)
3.TRUE LIES
4.my book
5.Natural
6.ヒトリ
7.All Night
8.Shinin' Day
9.さよなら言えたなら
10.Sweet Rhythm
11.replay on ~過ぎてゆく時の中で、満ちてゆく光の粒で~
12.恋
13.サイドシート
14.最後の夜

LP ※完全生産限定盤
発売: 2021年11月3日(レコードの日)
価格:¥4,070(税込)
【Side-A】
1.midnight drivin' (新曲)
2.Honey (新曲)
3.TRUE LIES
4.All Night
【Side-B】
1.Shinin' Day
2.Sweet Rhythm
3.サイドシート
4.最後の夜

「midnight drivin'」配信はこちら
https://lnk.to/17k9zh

特設サイト 
https://www.110107.com/s/oto/page/KUZUYAYOKO2021?ima=0301

葛谷葉子オフィシャルサイト 
https://yokokuzuya.amebaownd.com/

松尾潔
Twitter
https://twitter.com/kiyoshimatsuo
Instagram
https://www.instagram.com/kiyoshikcmatsuo/

ジェーン・スー
Twitter
https://twitter.com/janesu112
Instagram
https://www.instagram.com/janesu112/

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東京都目黒区東山3-1-11 サンサーラ東山104
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