五味岳久×中村明珍×石井恵梨子『ロストエイジ20年史』鼎談 小さな世界の変革から確かめる“自分自身の居場所”

『ロストエイジ20年史』鼎談 

音楽、農業、出版......業界の壁を超える“身の周りの変革”

ーーでも、『僕等はまだ美しい夢を見てる』だと、購買層がどんな人たちなのかはある程度想像がつきますよね。石井さんは、そこは意識しながら執筆されたんでしょうか。

石井:誰が読むかというのは、たぶんどんな書き手も想像していないと書けないんじゃないかな。小説はまた別ですが。

五味:どのくらい具体的に想像するんですか。年齢とか、性別とか?

石井:それはLOSTAGEのライブで隣にいた人たちだよね。あとはAge Factory経由で知ってるくらいまでの若いファンの人たちとか。でも、LOSTAGEを全く知らないのに感想を書いてくれた人が何人かいて、面白かったですよ。どういうきっかけで読んでくれたのかわからないけど、それでも読み切れるんだと思って。

五味:本になるということは今までと違うルートで届くっていうことだから。きっと僕らを知っている人だけではないですよね。

中村:やっぱり音楽の話だけにとどまらない本だから、それが届いていたら嬉しいですよね。LOSTAGEが考えて歩んできたことが、同じような違和感を抱えている人にすごく共鳴しているんだろうと思うし。

五味:きっと出版業界もいろいろあるんですよね、最近。

中村:そうそう。(『ダンス・イン・ザ・ファーム』出版元の)ミシマ社もLOSTAGEと一緒で、流通のやり方から変えていくことをやっていて面白くて。ほとんどの出版社は取次を通して流通させるのが9割くらいで、あとの1割で直取引してるみたいなんです。しかもその1割も生協だったりするから、本当に直でやり取りするのは手間がかかるらしくて。でも、ミシマ社はそれを逆転させて、メインが直取引なんだそうです。しかも去年からは出版社と書店の受発注サイト(一冊!取引所)も合同で立ち上げて、小さな出版社の営業支援につながる動きもしていて。仕組みを新しく作っていく経緯に、どこかイアン・マッケイ感があるというか(笑)。そういうところにバンドっぽさが交わるわけだし、五味くんがやってきた経緯を石井さんが本にしてくれたことで、音楽以外の業界とも交わりが生まれるんだろうなって。

石井:農家にも0.5%いて、出版業界にも数%はシステムを変えようとする人がいるというのは面白いですね。たぶんどの世界にもいるんでしょうね。

五味:でも、全体を変えようとまではしてないですよね。あくまで自分たちの手の届く範囲で、小さい世界をよりよく変えることでいい循環を生んでいく。全体を自分の思ってる通りにしたいとは僕は思わないんですよ。それが村っぽく見えたりするんでしょうけど。

石井:それが個人でやれることの最大な気がしますけどね。でっかいものを変えようっていうスローガンはカッコいいけど、結局どうしていいかわからないじゃないですか。だったら自分の周りだけでもっていうのは、どんな職業でもあることなのかなと思う。

五味:どこにでもいるそういう人たちと繋がれたら、もっと面白くなりますよね。音楽と出版でもいいし、政治とかもそう。革命を起こすスタンスではやってないけど、閉じたくはないなと。

中村:自分の周りをよくする方向でいいけど、そこに穴が開いてないと風通しが悪いですからね。でも五味くんは、革命を起こしたい時期もあった?

五味:そりゃあ10代の終わりとかは、「これで一発ぶち上げていこうぜ」みたいなのはありましたけど(笑)、いつまでも僕らが初期衝動とか言ってたら変じゃないですか。もちろん、居心地のいい場所に居続けると守りに入ってしまいがちなので、刺激は自分から追いかけたいですけど。

ーーでも、出版も音楽も農業も、大きいシステムに属することのメリットも少なからず享受していますよね。DIYの素晴らしさは当然ありつつも、メジャーで流通することの良さも決して否定はできないからこそ、全体をひっくり返そうとはならないというか。

五味:それはそうですね。全体があるからこそ個人が生きるっていうのは感じていますし、だから今の立場でやれているんだろうなって。

石井:だってJAもメジャーも必要でしょ。

中村:その通りです。でも、もともと食料がなんのためにあるかって言ったら、命のため、生きるためじゃないですか。メジャーであっても個人であっても、そこを見失って売り上げ命でやることにいいことはないっていうのは、確実に言えると思うんですよね。

「これから音楽やるならハードコアがいい」(中村)

中村:あと、『僕等はまだ美しい夢を見てる』を読んで、五味くんは人の声を聞けるボーカリストだなと思いました。今の時代、人間関係全般で“聞く態勢”が必要になっている気がしていて。煮詰まって破裂してもいいんだけど、折々でちゃんと人の話を聞いて、バンドも体制を変えていって今に至るじゃないですか。それが本で初めてちゃんとわかった。

五味:よかった。でもチンくんもそういう感じじゃない? 『ダンス・イン・ザ・ファーム』にも、「白でもない。黒でもない」ってその都度書いてるから。

中村:......僕、優柔不断男なだけなんですよ(笑)。

五味:めちゃくちゃそこは共感できたよ。

石井:いや、2人とも柔軟だなと思いますよ。

五味:よく言えばね。

中村:悪く言うと?

石井:迷いすぎ(笑)。

五味:あははは。チンくんは「こういう意見もあるけど、そうじゃないやつもいるよな」って、その場にいない人のことを考えられる人やなって。生き方全般でそういう想像力をなくしたらもう終わるなって思ったんですよね。本の中で、島の橋をドイツの船に壊されて、訴えるかどうかみたいなくだりがあったじゃないですか。僕やったらもうちょっと片方に振り切れてるから、即訴えますもん(笑)。

中村:いやー、もし五味くんも現場にいたら、周りの人の話を聞いて「そうとも言い切れない!」みたいになると思う。

石井:だって五味くんも、LOSTAGEの音源が流出したとき、犯人捜ししなかったじゃん。

中村:それそれ!

五味:あぁ......。まぁ、そうですね(笑)。優しすぎるんちゃう? って思ったけど、自分が現場にいたらそうなるんかな。結局のところ、どっちがいいのか決められずに今まで生きてきて、20年もバンドやってきたから、別にそれでいいよなっていう気もするんです。この先どこかで答えが出ることもたぶんないと思うから、フラフラっとその都度舵を切りながら行くことでいいかなって開き直った。

石井:それはいい柔軟性だと思いますよ。

ーーちなみに、中村さんは今も緩やかに音楽と繋がっているということですけど、今後もやっていく予定はあるんですか。

中村:以前は音楽を続ける必然性を感じなかったんですが、ちょっとずつ考えは変わってきています。やっぱり、バンドってメンバーとの関係性が好きだったんだなと思ったので、特に一人でやりたいわけじゃないんですよね。

五味:それはそうだな。

中村:「この人だ!」という人とやるのがバンドの醍醐味だから、ホイホイってできないというか。島に来てから演奏を一緒にしている方は、みんな尊敬する人たちだから超楽しかったけど。

五味:もし今後、バンドをやったら面白そうと思うやつが島に来たら、どうする?

中村:どうしよう......。五味くんに相談して、意見を聞く(笑)。

五味:「やれよ」って言いますけどね(笑)。

中村:やっぱりそうなると、島にレコード屋やスタジオがないとダメなんじゃないかって思っちゃうけど。

五味:道の駅とかにレコード置いといたらええやん!

中村:道の駅!? はははは。いいかも。

五味:野菜と一緒に7インチとか(笑)。逆に売れるで。

中村:めっちゃいいね。それでリスナーを育てて、バンドやりたいって言った子と一緒に組む!

五味:それこそ種蒔きじゃないですか。

中村:そうだね。今から育てて、死ぬまでにメンバーが見つかるといいな(笑)。僕、やるんだったらハードコアがいいです。

石井:どうして今から?

中村:島でゆったりした音楽やるって......そんなわけあるか! って、ちょっと思っちゃうんですよね。今の時代と、自分の性格を思うと。

五味:はははは。土地の気候とか風土って、音楽に滲み出るじゃないですか。札幌には札幌らしさ、ワシントンにはワシントンらしさ、テキサスにはテキサスらしさがあるみたいな。それが島だとハードコアなの?(笑)。

中村:そう。僕ってこんなにゆったりした人間でもないのに、島の自然に慣れてきたからって、「いやいや、おかしいじゃないか!」みたいな気持ちもありまして。まあでも、様式にとらわれちゃうとそれはそれでもったいないので、一生かけて考えます(笑)。

五味:バンドやってくれるの待ってますけどね。

中村:これは初期衝動を注入しないとダメだね(笑)。LOSTAGEのライブで注入します!

五味:そしてまた何か一緒にやりましょう!

石井:楽しみにしています。

■書籍情報
タイトル:『僕等はまだ美しい夢を見てる ロストエイジ20年史』
著者:石井恵梨子
ISBN:978-4-909852-15-1
発売日:2021年2月25日(木)
価格:2,500円(税抜)
発売元:株式会社blueprint
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タイトル:『ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ』
著書:中村明珍
2021年3月19日(金)
価格:1,900円(税抜)
発売元:ミシマ社
ミシマ社 ホームページ

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