映画『花束みたいな恋をした』、Awesome City Club「勿忘」ロングヒットの要因

映画『はな恋』ACC「勿忘」ヒットの要因

 『花束みたいな恋をした』は、甘い恋を描くだけの映画ではない。運命的と思える恋の始まりから、あまりにも苦しい恋の終わり、そしてその恋を糧にして新しい道を歩む2人の若者の、他に代わりの効かない花束のように美しくも儚い5年間を描く物語だ。「勿忘」は、そんな2人の恋の終わりに丁寧に共鳴する。〈君との日々は記憶の中 滲んでく〉という冒頭のフレーズでは、すでに別々の道を歩みだした2人の歌であることが示唆される。物語と重ね合わせるとすれば、まさに麦と絹のためにあるような歌なのだ。

 麦と絹は、好きな音楽や小説というたくさんの共通点を見つけたことをきっかけに、互いを運命のパートナーと確信して恋が始まる。しかしそんな2人の間にもいつしか否定しがたい価値観のズレが生まれる。安定した絹との生活を望み趣味をなげうって仕事に努めた麦と、質素な生活でも2人で楽しく生きていきたいと願った絹。そんな2人のすれ違う様に、「勿忘」の〈何かを求めれば何かがこぼれ落ちてく〉という歌詞を重ね合わせた人も多いだろう。

〈願いが叶うのなら ふたりの世界 また生きてみたい〉

 絹と麦が重なり合うように趣味を共有した日々、大学や就職説明会を放り出して互いを求めあった日々、同棲を始めて2人しかいない時間を重ねた日々。あの穏やかで青い日々こそが〈ふたりの世界〉だったのだろう。物語終盤のファミレスのシーンで「ずっと好きでいるなんて無理だ」と口にした麦も、2人で過ごした日々を否定することはなく、サッカーブラジル代表のキャプテンの言葉を引用しながら美しい日々だったと肯定してみせた。もしかすると麦も絹も、願いが叶うのならばあの日々をまた生きてみたいと最後まで願っていたのではないか。

〈触れられなくても 想い煩っても 忘れないよ〉

 勿忘草の花言葉は「私を忘れないで」。花束のように美しく芽吹いた2人の穏やかな日々は、願っても戻っては来なかった。ならばせめて、お互いのことを心の片隅に置いて、忘れないでいてと別々の道を歩み出した。これは、そんな2人の想いが刻み込まれた「勿忘」の中でも最も切実なフレーズだ。私は忘れないよ、だからあなたも忘れないでいてね。そんな絹の声が聞こえてきそうな一節。別れた後の麦と絹がたまたま街中で再会したことをきっかけに、2人で過ごした日々の記憶が溢れたシーンをこの一節に重ね合わせてしまう。

〈この恋をひとつずつ束ねいて 君という光があるのなら〉
〈咲かせるさ 愛の花を 花束を〉

 麦も絹が別々の道を歩み出した後に、共に新しい生活の中で新しいパートナーを見つけて過ごしていることが物語のラストで示唆される。麦は絹と、絹は麦と、それぞれがお互いと過ごした5年間を糧にして、その先の人生に活かしていることが彼らの服装や言動でどことなく感じとることができる。2人で過ごした時間という光で、新しい未来という花を咲かせているのだ。

 「勿忘」は、映画主題歌として制作された訳ではない。映画にも出演しているAwesome City Clubがストーリーや映画そのものに感銘を受けて制作したとメンバー自身が各所で語っている。観客がつい自身を投影してしまう映画からインスパイアされて生まれたからこそ、こんなにも作品に、そしてリスナーに寄り添う曲に仕上がったのだ。前述の通り、この「勿忘」という曲は予告編などに使用されている一方で、映画のエンドロールなどで流れることはない。しかし映画を見終わった後、例えば帰り道に電車に揺られながらこの曲を聴けば、麦と絹のかけがえのない5年間と、その5年を糧として歩む未来に想いを馳せることができるだろう。

※1:https://spotifycharts.com/viral/jp/weekly/latest

■ふじもと
1994年生まれ、愛知県在住のカルチャーライター。ブログ「Hello,CULTURE」でポップスとロックを中心としたコラム、ライブレポ、ディスクレビュー等を執筆。
ブログ:https://fujimon-sas.hatenadiary.jp/
Twitter:@fujimon_music

■公開情報
『花束みたいな恋をした』
全国公開中
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
製作プロダクション:フィルムメイカーズ、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
製作:『花束みたいな恋をした』製作委員会
(c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
公式サイト:http://hana-koi.jp

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