寺嶋由芙が考える、アイドルとゆるキャラ・サンリオキャラクターの共通点 卒業論文を一部公開

寺嶋由芙、卒業論文を一部公開

「日本的」なキャラクターの特徴とその変化

無表情で共感不可能なものほど「かわいい」

 ところで、先ほどから話題に上っているミッキーマウスだが、このキャラクターはご存じのとおりアメリカ生まれのキャラクターである。彼が「欧米的」なキャラクターの代表だとすると、「日本的」なキャラクターの代表としてあげられるのは、ご存知「ハローキティ」であろう。

 キティに代表される株式会社「サンリオ」のキャラクターたちについて、斎藤環氏は『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』(二〇一二年)において、ディズニーキャラクターと以下のように比較している。

「まず検討しておくべきなのは、キャラクターと『人間』の関係である。もちろん『人間』も一種のシンボルであることは言うまでもない。それは神を祖型として構成された、ある種の全体性を象徴している。『人間的』という形容が成り立つのはそのためでもある。
 ならばキャラクターは『人間』の象徴なのか。そう単純な関係でないことは既に確認してきた。ここではこの問題について、隠喩と換喩の違いとして検討してみよう。
 僕はかつてディズニーとサンリオそれぞれのキャラクターを比較して、前者を隠喩的、後者を換喩的であると述べたことがある。
 ミッキーをはじめとして、ディズニーのキャラクターはきわめて人間的だ。豊かな感情表現と語る能力を持っている彼らは、動物的な外見をのぞけば人間そのものである。それゆえディズニーキャラについて言えば、あれはディズニーランドの着ぐるみの方が『本物』なのである。常に『中の人』がいるキャラ、それがディズニーランドキャラなのだ。
 これに対して、サンリオのキャラクターは、こうした人間くささに欠ける。これはひとえに、サンリオキャラの表情の乏しさによる。ハローキティにしてもマイメロディにしても、ディズニーキャラと比較すると、驚くほど表情に乏しい。もちろん一定の擬人化はほどこされているとはいえ、こちらは人間よりもずっと動物に近い印象がある。
 この差は結構決定的なものである。僕たち日本人にとって、欧米のキャラクターは総じてあまり可愛くない。対するサンリオのキャラクターは可愛いと感じられる。おそらくその理由は単純で、『人間くささ』と『可愛さ』は──あるところまでは──反比例するためだ。
 人間臭いディズニーキャラが隠喩的で、可愛いサンリオキャラが換喩的とはどういうことだろうか。まず隠喩と換喩の機能について、ごく簡単に述べておく。
 一般に隠喩は対象の抽象的な特徴に注目し、換喩は対象に隣接する事物に注目する。このとき『似ている』こともまた、『隣接性』に含まれる。
 たとえば、『狐のようにずる賢い』とか『炎のような情熱』といった表現は隠喩的である。いっぽう『医師』を『聴診器』で示したり、『帆船』を『帆』で示すことは換喩的表現と言うことになる。お気づきの通り、隠喩と換喩の関係は『シンボル』と『イコン』の関係によく似ている。
(中略)
 さて、既に確認したとおり、隠喩は対象の本質に関係している。
 ディズニーキャラの魅力は、彼らがあくまでも人間的であることによって成立している。その意味で彼らは『人間の隠喩』と考えることができる。人間の隠喩であるがゆえに、彼らは自立したキャラクター性を帯びており同一化しやすい。いわばキャラクターとしての精細度が高く、マクルーハン的な表現を用いるなら、彼らは『ホットなキャラクター』なのである。
 これに対してサンリオのキャラクターは、単体でさほど人間くささを感じさせない。彼らもまた言葉を語る能力を持つとはいえ、ディズニーキャラほど饒舌ではなく、感情表現もはるかに乏しい。それゆえ共感や同一化は容易ではなく、そのぶん彼らへの愛着は『感情移入』によって成立することとなる。」(*3)

 実際、一般的なデザインのハローキティに口が描かれていないのは、「見る人に感情移入してもらうため」だといわれている。楽しい気分でみると楽しそうな表情に、悲しい気分でみると一緒に悲しんでくれているかのようにみえることが、キティがヒットした秘訣といわれているのだ。

 さらに、甲府鳥もつ煮のゆるキャラ「とりもっちゃん」について言及されたマガジンハウス社「dacapo」においてなされている、ライター朝井麻由美氏による以下のような説明も興味深い。

「先日、NHKの番組(番組名は失念…)でキャラクターの創り方を紹介していた。そのときキャラクター創作のコツについて話されていたデザイナーの方によると、『丸く、素朴な目は、何も癖がなく、まっさらな状態。そのため、自分の存在や性格、審理(原文ママ)をキャラクターに投影しやすい。だから目を丸くクリクリのキャラクターは人気が出ることが多い』のだそうだ。」(*4)

 以上のような分析と、「日本においてはサンリオキャラクターに代表される、表情に乏しく成長しない、共感性は低いけれども感情移入のしやすい、『かわいい』『換喩型』のキャラクターが人気である」という事実を考えると、当然、今大流行している「ゆるキャラ」もそれに倣ったデザインであると考えることができる。実際、基本的に「ゆるキャラ」は、動物を可愛らしくデフォルメしたものや、野菜や果物などの農産物に目鼻と手足をつけたものなど、非常にシンプルなデザインとなっている。

共感可能になりつつある「かわいい」

 ところが、こうした「日本的」キャラクターに変化が起こっている。先ほど掲載した図2は、実はSNSアプリ「LINE」で使われる「スタンプ」の図柄紹介から引用したものであった。

 「LINE」とは、インターネットを介してチャットを楽しめるアプリのことで、「スタンプ」は大きめの絵文字のような感覚で、その時の自分の気分に合わせて、キャラクターが怒っている図柄、笑っている図柄などを相手に送信することができる機能である。図2に添えられていた説明文は以下のとおり。

「世界中の人気者ハローキティがついにLINEスタンプに登場です!
 定番のシンプルなキティちゃんから、部活や買い物などよくある生活のワンシーンを表現したキティちゃん、そして、LINEスタンプのために描かれた、怒ったり、焦ったり、ビックリしたりしているオリジナルキティちゃんは必見です!」(*5)

 最近流行の「LINEスタンプのために描かれた」、ということは、「感情を表現するスタンプに使用できる絵を改めて用意した」ということであり、つまりこのスタンプ発売以前はこうした絵柄は存在しなかったということになる。もちろん、ハローキティグッズは多数流通しており、笑顔や泣き顔、怒り顔などといったシンプルな表情の変化はこれまでにも見られたが、図2のようにダンベルを持って「重い、大変」などといった様子を表現したり、扇風機に当たりながら汗をかいて「熱い」と表現するような、細かくかつ具体的な気持ちの動きをカバーするだけの商品が果たしてどれだけあっただろうか。人間の感情は様々であり、そうした感情を「スタンプ」というかたちでキャラクターに託すためには、キャラクター側の表現も豊かでなくてはならない。それゆえこれまでにない様々な表情の図柄が必要となり、今回新たに「LINEスタンプのために描」く必要があったのだろう。とはいえ、図2のハローキティの様子はほとんどが「汗」や怒りを表す十文字の「静脈」など、漫画的な記号が追加されることによって表現されており、単純に顔の表情の動きだけで様々な感情を表している図1のミッキーマウスと比べると、まだまだ感情に乏しい。

 つまり今日本で流行しているキャラクターというのは、欧米のキャラクターと比べれば相変わらず無表情で「かわいい」キャラクターでありつつも、小道具や漫画的アイコンの利用により、ある程度人間側の気持ちを託すことができるキャラクター、ということである。「感情を限定しない」ためにあえて口を付けなかったハローキティが、汗をかいたりつり目になることで、ある程度の「限定された感情」を表現するようになった。共感不可能であればあるほどかわいかったはずのキャラクターが、少しずつ、共感可能な対象に変換されつつあるのだ。

 ところで、これはあくまで推論であり余談だが、こうした「かわいい」の変化はファッションの流行においても現れてきているのではないか。「ロリータファッション」やアニメキャラの「コスプレ」、またはきゃりーぱみゅぱみゅに代表される奇抜なファッションの流行について考えてみたい。憧れではありつつも「共感不可能」で、自分の側に引き寄せることが難しかったはずの大きなリボンやボリュームのあるフリルのスカート、あるいはけばけばしい色の洋服や、目玉や鋲のような独特の装飾品、日本人にはなじみの薄い金髪やピンク色の髪などを実際に身に着ける若者が増えているのは、共感不可能ゆえに「かわいい」と憧れていたはずの「かわいい」をより身近に感じ始め、近くに置いておきたい、身につけていたいという気持ちが芽生えたがゆえではないだろうか。

<続きは寺嶋由芙アーティストブック『まじめ』にて>

*1:テレビ東京「みうらじゅんpresents ゆるキャラ日本一決定戦 DVD発売:テレビ東京」
〈http://www.tv-tokyo.co.jp/yuruchara_dvd/〉(二〇一三年一二月九日アクセス) 
*2:円堂都司昭(二〇一三年)『ディズニーの隣の風景』原書房 pp.120(11)-pp.121(8).
*3:斎藤環(二〇一一年)『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』筑摩書房 pp.75(2) -pp.76(9), pp.77(1)-pp.77(9).
*4:「dacapo 甲府鳥もつ煮のPRキャラクターの名付け親になりませんか?」(二〇一三年三月十六日)〈http://dacapo.magazineworld.jp/culture/5016/〉(二〇一三年一一月三〇日アクセス)
*5:LINE公式ブログ「ハローキティ、鷹の爪、チェブラーシカなど人気キャラを含めた6スタンプを 追加!」(二〇一二年七月四日)〈 http://lineblog.naver.jp/archives/10712823.html〉( 二〇一三年一二月三日アクセス)

■販売情報
タイトル:『まじめ』
ISBN:978-4-909852-11-3
C0072
撮影:勝岡ももこ、サトウノブタカ(五十音順)
発売日:2020年12月19日(土)
価格:3,000円(税抜)
発売元:株式会社blueprint

<blueprint book store限定版>
限定カバー
価格:3,000円(税抜)
購入はこちら

■イベント情報
寺嶋由芙 1st ARTIST BOOK『まじめ』オンラインサイン会
日時:2020年3月6日(土)20時〜
寺嶋由芙YouTubeチャンネルにて配信:https://www.youtube.com/channel/UCWA6pV7Vx2NbxdzHRNHBlcw
受付はblueprint book storeにて

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる