須田景凪、ボカロP時代からの“転機“振り返る 表現の根底にある“他者との関係性“の変化

須田景凪、音楽表現の根底にあるもの

須田景凪はバルーンからの延長ではない

ーープレイリストの6曲目に選ばれた「Cambell」(2018年)は、須田景凪名義で制作した最初の楽曲らしいですね。

須田:そうなんです。世の中に出た順番としては「アマドール」(2017年)が最初ですけど、水面下で初めて作ったのがこの「Cambell」という曲で。もちろん名義を分けること自体、いろんな意見をもらうだろうなと最初から思っていたし、そこに対する複雑な気持ちも当時はあって。でも、バルーンからの延長という気持ちは正直あまりなくて、新しくまたゼロからという意識だったし、そういうのも含めていろんな視点から考えていた時期に初めて自分用に作った曲なので、その意味でめちゃくちゃ思い入れがありますね。

ーーそして須田さんは2019年、EP『teeter』でメジャーデビュー。その収録曲でもある「パレイドリア」は、それまでの流れからするとアッパーな曲調で、音楽的にまた新しいモードに入った印象を受けました。

須田:それこそ「Cambell」や「鳥曇り」辺りまでは、名義は新しくなったと言えど、自宅で一人で曲を作って完結させるという意味では、やってることは変わってなくて。だけど「パレイドリア」のタイミングで、初めて人にギターやベースやドラムを生で演奏してもらうようになったんです。それまでは4〜5年ぐらいずっと一人で作っていたので、正直、他人に自分の曲の一部を担ってもらうことに対する心配や不安のほうが大きかったんですけど、実際にレコーディングしてみた結果、同じ音楽をみんなで作り上げていく、ある種のバンド感みたいなものをすごく感じて。そのときのメンバーとはいまだにずっと関係性を持っているし、この先もそういうアプローチをもっとしてみたいと思うきっかけになった曲ですね。

ーー「パレイドリア」の歌詞自体も、それまでの楽曲と比べて他者に歩み寄るようなイメージがあるので、今お話を聞きながら、当時の心境の変化とシンクロしている部分があるのかなと思ったのですが。

須田:そうですね。あとは「Cambell」などを収録している『Quote』(2018年)というアルバムを出した直後に、初めてワンマンライブをやらせてもらって。そこで自分の音楽を聴いてくれる人たちが、目の前で声を出したり、いろんな表情を見せてくれたり、お互いの価値観を共有する体験が、自分の人生のなかでめちゃくちゃ大きな事件だったんです。そこも含めて、関係性への価値観がアップデートされた瞬間だったのかなと、今振り返ると思います。

いろんな思考や価値観が渦巻いている

ーープレイリストの9曲目「veil」(2019年)は、TVアニメ『炎炎ノ消防隊』のエンディングテーマとして書き下ろされたナンバー。主人公の森羅日下部をイメージして書かれた、作品の世界観と非常にマッチした楽曲です。

須田:それまで好きな映画に対して自分なりの二次創作をして曲を作る経験はあったんですけど、何かの作品に対して公式で楽曲を書かせてもらうのは初めての経験で、作品とのリンク性を含めて、言葉選びひとつからすごく悩みながら作りました。彼(森羅日下部)が虐げられていたところから這い上がっていくようなストーリーだと思うんですけど、そこと自分のリンクする部分を一つひとつ掬いあげながら作業をして。自分もリアルタイムでアニメを観ていたんですけど、本編が終わった余韻に浸ってるなかでこの曲が流れてくるので、いい意味で自分がイメージしていたものとはまた違った聴こえ方がするんですよね。その体験はすごく面白くて、聴く場所やタイミングによって、同じ音楽でも聴き方が全然変わることに改めて気づかされました。

ーーサビ頭で始まる楽曲構成や極端に早いBPMという意味では、いわゆるアニソンのフォーマットを意識した作りになっているようにも感じました。

須田:それはまさにその通りで、実はそれも初めてのチャレンジでしたね。もちろん楽曲は楽曲として聴いてもらいたいし、作品にもちゃんと寄り添いたいし、それをいかに馴染んで両立させるかというバランス感は、他のアニメの楽曲を聴いてすごく勉強した時期でもありました。

ーーその「veil」も収録されているのが、須田さんがこの度リリースしたメジャー1stアルバム『Billow』です。『Billow』とは「渦を巻く」という意味の単語ですが、改めてタイトルに込めた意味についてお聞かせください。

須田:本来であればアルバムは去年の2月から予定していたツアーが終わった後、6〜7月頃に出すつもりだったんですけど、新型コロナウイルスの影響でライブが中止になってしまって。自分は元々あまりライブをする人間ではないので、少ないライブがすごく楽しみなものだし、自分とお客さんが一番近くなる大事な時間、それをやるたびに音楽に対する価値観が少しずつ変わる大事なイベントだったので、それが中断されたことがすごく残念で。お客さんからしたら予定をドタキャンされたようなものだし、そこに対する罪悪感みたいなものも含めて、それまで練っていたアルバムのコンセプトを一度練り直す必要があると思ったんです。正直、当初はもっと暗い曲がたくさんあったので、それは今の時代に出すのに相応しくないなと思って。

ーーより今の状況に則した作品を目指したわけですね。

須田:そこから新しく何曲か作っていくなかで、それこそ去年の6月頃、SNSとかで、それまでなら何の気なしに流れていた言葉が、必要以上に拡散されたり、棘を持ったり、一人ひとりの意見が強い意味合いを持って蔓延していたような意識があって。もちろん自分もその渦中の一人として、その状況がすごく、いろんな思考や価値観が渦巻いているような印象を受けたんですね。それで今アルバムを作るならば、この『Billow』以上に相応しい言葉はないと思って、タイトルにしました。

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