斉藤由貴×武部聡志が語る、35年を経て辿り着いた“結論”「余計なものを削ぎ落として、本当の自分だけで表現する」

斉藤由貴× 武部聡志、二人の音楽の世界観

「無駄なものを削ぎ落としたときに絶対に必要なものはこれ」という美学

●「悲しみよこんにちは」1986年3月21日リリース(5thシングル/アニメ『めぞん一刻』主題歌) 作詞:森雪之丞 作曲:玉置浩二

武部:通称「カナコン」。お互いにものすごく忙しかった時期で、僕と由貴ちゃんはレコーディングでは会ってないかもしれないね。

斉藤:私が覚えてるのは、河口湖スタジオでディレクターさんから「この曲はアニメ(『めぞん一刻』)の主題歌に決まったよ」と言われたときに、「えー?」ってちょっと不安な気持ちになったそのシーンだけですね(笑)。

武部:自宅に帰って作業する時間がなくて、都内のホテルでレコーディングの前日にアレンジした。イントロを変拍子にしたのはやけくそだったんだよ。

斉藤:そうなんですか(笑)!

武部:今だから言うけどね。でも、結果的にちょっとトリッキーなその感じがメロディの爽やかさとのギャップになっておもしろかった。その曲を今回はピアノとストリングスでやったんだけど、リズム楽器がないからかなり必死でピアノを弾かなくちゃいけなかった(笑)。

斉藤:サビの音階が上がるところは、私の技術力では範疇を超えるのですごく緊張したんですけど、「きちんと歌わなくちゃいけない」というよりは、楽しんで気持ちよく歌っていい歌と思ってるので、そんなに歌入れが辛かった感じではなかったです。当時ボーカルレコーディングが辛かったのは、やっぱり「青空のかけら」ですね。

●「青空のかけら」1986年8月21日リリース(7thシングル)作詞:松本隆 作曲:亀井登士夫

武部:次がその問題の「青空のかけら」だね(笑)。これが初めて1位を取ったシングル。ここで女優としてだけじゃなく、シンガーとしてもポジションを確立できた。

斉藤:当時のレコーディングで松本隆さんがスタジオにいらして、「由貴ちゃん、もうちょっとちゃんとリズムとって」とか「音程気をつけて歌おうね」って冷酷なくらい厳しい指示が飛んできてました(笑)。だけど、それは、スタジオ内に「この曲でちゃんと記録を取らせたい」という熱意がみんなに暗黙のコンセンサスとしてあったからだと思います。そのために楽曲としての完成度の高さが求められてることは感じてました。

武部:今回のアレンジでは、割と原曲に忠実だったね。あの軽快さ、青空感が必要で、マリンバを入れたり、サックスとトロンボーンを入れた。由貴ちゃん、今回の歌入れでは全然苦手そうじゃなかったよ?

斉藤:そうですか?

武部:あの当時よりもちゃんとスムーズに歌えてた。

斉藤:たぶん、あの曲だけ他と発声の仕方が違うかもしれません。曲の物語を演じる“女優歌唱”ではなく、割り切って正確さを念頭に置いて歌った印象があります。

●「MAY」1986年11月19日リリース(8thシングル) 作詞:谷山浩子 作曲:MAYUMI

武部:来ましたね。

斉藤:来ましたよ。ウフフ。

武部:「MAY」は、僕が「シングルにしよう」と推した曲だから思い入れが強いんですよ。なぜか直感的にそう思った。

斉藤:これがシングルになったかならなかったかで、私の歌手人生は相当違った道を歩んだ気がします。武部さんが推薦してくださったことには感謝しかありません。

武部:例えばアルバム曲でみんなが好きだと言ってくれる「予感」とか「3年目」と同じような匂いを持ってる曲だよね。

斉藤:そうですね。何かを狙うみたいなあざとさの対極にある、痛々しいほどの素直さ、切なさのある曲です。

武部:これで斉藤由貴ワールドがまたひとつ確立できた気がする。

斉藤:あの歌は私にとって「卒業」とはまったく別の意味だけど宝物になったなと思います。

武部:今回のレコーディングでは、ボーカルブースに入って由貴ちゃんがイントロで僕が弾いたピアノを聴いたときに泣き出した。

斉藤:泣かずにはいられなかった、あのイントロは。武部さんのピアノの持つ力と言うしかないんですけど、何か「許される感じ」がすごくしたんです。「そのままでいいんだよ」と許される感じがして、そしたら歌えなくなっちゃったの(笑)。

武部:曲に宿ってるものを音にするのが僕の仕事で、それがすごく大事だと思っていて、今回の「MAY」は一番それがよくできたと思ってる。

斉藤:「武部さんに会わせてくれてありがとうございます」って気持ちになりました。

●「砂の城」1987年4月10日リリース(9thシングル) 作詞:森雪之丞 作曲:岡本朗

斉藤:当時、「私の曲にしてはすごくカジュアルで心地いい歌だな」と思いました。私の曲は、割と聴く側に緊張感を強いるところがある曲が多いと思っていたので、こういう感じの曲をもらえたのはすごくうれしかったです。「あなたにも普通のところありますよ」って言われた感じ(笑)。

武部:オリジナルのレコーディングのとき、ディレクターの長岡さんが、僕が持って行ったアレンジを聴いて「こういうベースラインのノリで聴かせたい」って口で説明してくれた。長岡さんは以前、甲斐バンドのベーシストだったからね。その場で変更したことをよく覚えてるから、そのラインは今回も変えないようにと思ってた。

斉藤:それって長岡さんに対するプレゼントでもありますね。

武部:今回は、この曲のカジュアルな楽しさを表現するにあたっては、アレンジをアカペラにしようと思った。ソウルフルなアカペラじゃなくて、昔のビーチ・ボーイズみたいな爽やかさ。

斉藤:私は35年前のアレンジもすごく好きですよ。

●「さよなら」1987年11月18日リリース(10thシングル/映画『さよならの女たち』主題歌) 作詞:斉藤由貴 作曲:原由子

斉藤:今回のアルバムで唯一私が作詞を手がけた曲です。

武部:これが最後に入ってよかった。同じ言葉でも詞を書いた当時と今の気持ちは変わってるはずだしね。今回の選曲をするオンラインミーティングで、最後のひとつを争う曲がたくさんあったなかで、この曲に決まった。由貴ちゃんが推したんだよね。

斉藤:今の私のマネージャーさんが「どうしてもこの曲が好き」って猛烈にプッシュして来たんです(笑)。「ものすごくいい曲だから今の由貴さんにぜひ歌ってほしい」って。それで「じゃ、やってみようか」って始まりでしたね。

武部:レコーディングも僕と由貴ちゃん二人だけで、ピアノと歌を「せーの」で同時に録った。あれがよかったね。

斉藤:そうですね。そう思いました。何回も録り直してうまくなることが肝要ではなかった。一番最初のひと匙で薄くそぎ取って味わうことが大事。この曲での私のボーカルは、すごく揺れてるところがたくさんあったじゃないですか。

武部:それがいいんじゃないですか(笑)。

斉藤:「よし、これで行こう」と決断した武部さんはすごいなと思いました。愛ですね(笑)。

武部:整ったものより、こういうもののほうが心が動いたりするじゃない。

斉藤:この歌が最後になったことが、この『水響曲』というアルバムにとってすごく重要だったと思います。

ーーアルバムタイトルの『水響曲』はどのように決まったんですか?

斉藤:今回は私の35周年アルバムになってますけど、私のなかでは武部さんと私で作ったアルバムという認識なんです。イーブンに私の選んだ字、武部さんが選んだ字を持ち寄ってひとつの世界観を表せる言葉がいいと思ったんです。だからすごくよかったです。

武部:「いいタイトルだね」ってみんなに言われるよ。響きもいいし、字面も綺麗だし、今までになかった言葉。

斉藤:「曲」という言葉を入れたときに全体が整いましたね。

武部:すべてを表してる気がした。35年ということ、クラシカルなアレンジを施したこと、いろんなことがすべて含まれている言葉になった。

ーーそういう意味でもあらためてお聞きしたいのは、デビューから35周年が経って、レコーディングの技術も進歩してあらゆる選択肢がある時代に、今回このアコースティックなアレンジが必要だと思われた理由です。

武部:80年代は、たくさん音を重ねることがかっこいいし贅沢だという美学があった。今は、時代も自分も、由貴ちゃんもそうかもしれないけど、「いろんな無駄なものを削ぎ落としたときに絶対に必要なものはこれ」という美学にちょっと変わってきたのかもしれないな。

斉藤:人生と同じで、自分の年齢がだんだん積み重なっていきますよね。人間が持ちうるものってやっぱり限界があって、必要じゃないもの、本心から好きとは思えないものは振り向かずにどんどん捨てていいんだと思うんです。余計なものを削ぎ落として、本当の自分だけで表現する。それって危ういかもしれないけど、そこを表現することの大切さみたいなものを私は今回のアルバムですごく感じました。

武部:やっぱりそれが35年経った我々が辿り着いた一個の結論かもしれない。35年前の我々に「こんな未来が待ってるんだよ」って伝えたいよね。でもそれは続けてきたから言えることでさ。途中でリタイアしたりしてたら、こんな作品は作れなかった。お互いにめげずに続けてきてよかったね(笑)。

斉藤:そう思います(笑)。

ーー斉藤さんの歌も、武部さんのアレンジもこの二人だからわかる魅力を引き出しあってると強く思いました。これは節目のアルバムで実現した特別なことだったかもしれないですけど、また次への始まりだったらいいなとも思ってます。

武部:これでおしまいになるのは残念だよね。由貴ちゃんは表現者としてまだまだやり残してることはたくさんあると思う。これからまた新たな曲を今の僕だったり今の由貴ちゃんでできることとして表現できる場があるといいよね。

斉藤:そうですね。私は武部さんの演奏で私が歌を歌って、というのをぽつぽつとできたらいいなとすごく思います。

武部:1曲ずつ録って配信するとかね。

斉藤:武部さんとライブでご一緒するのすごく好きなんです。演奏と歌がその時その時で呼応するじゃないですか。信頼関係が音に表れる。あの感じって、そんなになかなかあることじゃないと思うんです。やっぱりお互いのフィールドで積み重ねてきたものがあってこそなので。その科学変化とか光合成みたいな感覚って、きっと音楽の醍醐味だと思うんですよね。

武部:それが今回再確認できたことがうれしかったね。

斉藤:本当にありがとうございました。素晴らしかったです。

斉藤由貴「卒業 (from水響曲)」スタジオライブ(feat.武部聡志)

■リリース情報
デビュー35周年記念セルフカバーアルバム
『水響曲』※読み:すいきょうきょく
発売日:2021年2月21日(日)
通常盤:CD ¥3,000+税
収録曲:
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY 
9. 砂の城 
10.「さよなら」 
全10曲収録

初回限定盤:2CD ¥4,000+税 
※セルフカバーと同一楽曲のオリジナルバージョンを収録した特典ディスク付き
収録曲:
Disc 1:水響曲(セルフカバー)
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY
9. 砂の城
10.「さよなら」 

Disc 2:オリジナルバージョン
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY
9. 砂の城
10. 「さよなら」 

配信情報:2021年2月21日(日)より、デビュー35周年記念セルフカバーアルバム「水響曲」収録全曲、主要定額音楽ストリーミング配信(サブスクリプション)サービスおよびiTunes Store、レコチョク、moraなど主要ダウンロードサービスにて順次配信スタート

※対応ストリーミングサービス:
Apple Music、Amazon Music、AWA、KKBOX、LINE MUSIC、mora qualitas、Rakuten Music、RecMusic、Spotify、YouTube Music、dヒッツ、うたパス、SMART USEN
作品ページはこちら

ビクターエンタテインメント公式Twitter(@VictorMusic)

■ライブ情報
『斉藤由貴〜Billboard Live Tour “水響曲”  featuring 武部聡志〜』<全会場Sold Out>
3月6日(土) ビルボードライブ大阪
3月28日(日) ビルボードライブ横浜
4月2日(金) ビルボードライブ東京
※全会場、1stステージ 開場14:00 開演15:00 / 2ndステージ 開場17:00 開演18:00

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