映画『約束のネバーランド』はなぜ観る者の心を捉える作品に? プロデューサー・村瀬健に聞く制作秘話、ずとまよ起用の理由

『約ネバ』プロデューサー語る“ずとまよ起用の理由”

 そんな想いがこもった劇場版の主題歌となったのが、ずっと真夜中でいいのに。が手がける「正しくなれない」だ。これまでの人生や選択で「正しさを選べなかった」瞬間のことが頭をよぎって、思わずハッとさせられる、非常に刺激的な楽曲タイトル。ずっと真夜中にいいのに。と『約束のネバーランド』は、村瀬のなかでどのように結びついていったのだろうか。

「世界中の“正しくなれない”仲間たちにぜひこの映画を観てもらい、『正しくなれない生き方でも大丈夫だよ』と、そっと背中を押してあげられたら、ACAねさんの曲から力をもらった僕にとって、最高の幸せです」

 そもそも、ずっと真夜中でいいのに。が世の中に出始めたとき、村瀬は次のような印象を抱いていたのだという。

「ずっと真夜中でいいのに。が登場した時、『なんて面白いアーティストが出てきたんだ!』と思いました。ACAねさんは、とにかく聴いてて気持ちよくって、いい意味で予想の斜め上をいく展開のメロディを書く人。しかもそこに、ACAねさんにしか書けない独特の言葉使いが載ってくるのが、これまたとてつもなく面白いんですよね」

 さらに、単純に「ずとまよ」ファンだったという村瀬が、『約ネバ』の主題歌のオファーをしたのには、こんな理由がある。

「常に絶望を描きながら、そこに差し込む一筋の光というか、その向こうにある“希望”みたいなものを描いているアーティストだなと思っていたんですよね。その感じって、『約束のネバーランド』に通じるものがあるなと」

 陽光のさす朝ではなく、暗い夜が続くことを願う「ずっと真夜中でいいのに。」というアーティスト名を持つ彼らの楽曲には、暗闇の中でひっそりとうずくまるような静謐さがある。そして、それと同時に、同じく暗闇で息をひそめる人々にそっと差し出すような、かすかな光が灯っていて、それが多くの共感を呼んでいるのだろう。

「もう一つ、僕の中での決め手になったのは歌声です。ACAねさんの歌声には、愛らしくて、でもどこか危うい感じのする“少年性”と“少女性”を感じました。『約束のネバーランド』は子供たちの物語なので、主題歌も“子供たちの声”にしたいと思っていました。だからどうしても彼女の声で歌ってほしいと思いましたし、彼女ならそれが間違いなくできると思っていました」

 そうして出来上がったのが、「正しくなれない」だ。絶望から始まる物語を反映した張りつめたフレーズを、〈僕らは何一つも/奪われてないから〉という歌詞がゆるぎない光のように貫いて、閉ざされた世界を切りひらいていくサビでの展開が見事だ。

「夜、歩いていた道の真ん中で届いたデモをすぐに聴いたのですが、涙が出そうになったことをよく覚えています。『いける』と思いました」

 「正しくなれない」のMVは、悪事に手を染めて生きる少女が、かつての友人を思わせる人物と出会うストーリー仕立てになっている。『約ネバ』とは全く別のオリジナルストーリーだが、自分の人生を改めて自分の手で選び取ろうとする主人公の姿がエマと重なり合う。

「『正しくなれない』のMVには、特に注目していただきたいです。安田現象さんによるアニメも素晴らしい。何と言っても、何回か途中に出てくる過去を回想するシーン。『この服装、この庭の感じ、どこかで見たことあるな......?」と思ってもらえるはずです。そしてMV全体を見直してみると、おそらく泣けてしまうと思います」

ずっと真夜中でいいのに。『正しくなれない』MV(ZUTOMAYO - Can’t Be Right)

 エマの作戦はもちろん、常にうまくいくわけではない。何度も失敗し、阻まれ、時には犠牲を強いられ、そのたびに自分の選択が本当に正しかったのかを問い直されることになる。それでも、間違えたかもしれない現在地をスタート地点に、エマは新たなベストを模索しはじめる。〈考え続けたい〉という歌詞は、立ち止まらないエマの姿勢そのものだ。

「『正しくなれない』というのは、この映画の主題歌としてこれ以上ない最高のタイトルだと思っています。このまま農園で幸せに生きて、温かい気持ちで死んでいくことが“正しい”のかもしれない。それでも、たとえ正解ではなかったとしても、脱獄して生きる道を行く。エマたちの生き方はまさしく『正しくなれない』だと思うんですよね。それはきっと、今この世界で生きているすべての人たちが心のどこかで感じていることだと思います。この世界で生きるにあたって、息苦しい想いをしている人、居場所がないと感じながら生きているすべての人に、『正しくなれない生き方だって正しいんだよ』と教えてくれる最高のメッセージだと僕は思っています」

 鬼、農園、食用児、脱獄......現実離れした目まぐるしいストーリーに没入した後、エンドロールで「正しくなれない」が流れ出した時に気づくことは、これは自分自身の物語だ、ということなのかもしれない。

■満島エリオ
ライター。 音楽を中心に漫画、アニメ、小説等のエンタメ系記事を執筆。rockinon.comなどに寄稿。満島エリオ Twitter(@erio0129

■作品概要
『約束のネバーランド』
原作:『約束のネバーランド』白井カイウ・出水ぽすか(集英社ジャンプコミックス刊)
公開日:2020年12月18日(金)
監督:平川雄一朗
脚本:後藤法子
出演:浜辺美波、城桧吏、板垣李光人 渡辺直美 北川景子 ほか
配給:東宝(株)
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社
©2020 映画「約束のネバーランド」製作委員会

映画『約束のネバーランド』公式HP

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