松任谷由実『深海の街』で示した「音楽で何を表現すべきか」 時代性と自らのポップセンスを掛け合わせた“2020年の写し鏡”

松任谷由実『深海の街』は“2020年の写し鏡”

 前作『宇宙図書館』から4年。松任谷由実がニューアルバム『深海の街』を完成させた。通算39作目のオリジナルアルバムとなる本作の本格的な制作は、今年の7月からスタート。コロナ禍における心情、そして、“この時代を音楽として記録し、未来のビジョンを示したい”という使命感にも似た思いが強く反映された、2020年の記念碑的な作品となった。

 「時空と場所を超えた普遍的な英知」をモチーフに、深遠にして壮大なポップワールドを描き出した『宇宙図書館』(2016年)、そして自己最長・最多本数の42都市80公演を走り抜けた全国ツアー『松任谷由実 CONCERT TOUR 2016-2017 宇宙図書館』の後も、ユーミンは精力的な活動を続けてきた。2018年4月にはデビュー45周年を記念したベストアルバム『ユーミンからの、恋のうた。』を発表。彼女自身が“今の時代にこそ聴いてほしい”という視点で選曲した本作は、時代の空気を反映しながら、女性の生き方に大きな影響を与えてきた松任谷由実の奥深い音楽性を改めて示していた。さらに2018年9月からベスト盤を携えた全国ツアー『松任谷由実 TIME MACHINE TOUR』を開催。これまでのライブ演出の再現を数多く取り入れた“ライブ版ベスト”と称すべきステージは、1970年代から一貫して独自のエンターテインメント性を追求してきたユーミンの集大成というべき内容だった。

 その『TIME MACHINE TOUR』のMCで「まだまだやめませんよ!」と宣言した松任谷由実は、言葉通り、その後もまったく止まることなく活動を継続してきた。今年に入ってからも、手嶌葵に「散りてなお」(映画『みをつくし料理帖』主題歌/作詞作曲・松任谷由実)、一青窈に「かたつむり」(作詞・一青窈、作曲・松任谷由実)を提供。また、シミュレーションゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』新主題歌「あなたと 私と」を制作するなど、幅広いジャンルでコラボレーションしながら、自らの音楽世界をさらに広げていたのだ。

 デビュー50周年を目前にしてもなお、豊かな創造性を向上させ続けているユーミン。その奥深い表現は、ニューアルバム『深海の街』でさらなる高みに達している。もともと前作『宇宙図書館』の次の作品は、日本のポップスにリゾートの概念を持ち込んだ『SURF&SNOW』(1980年)の続編になる予定だったという。しかし、その構想はコロナ禍によって吹き飛び、世界中のアーティストと同じく、「エンターテインメントはどうあるべきか」「音楽を通して、何を表現すべきか」という根本的なテーマと向き合うことになった。自分自身と深く向き合う長い時間の末に創造されたのが、まるで2020年の写し鏡のような本作『深海の街』というわけだ。

 アルバムはちょうど100年前の世界をモチーフにした「1920」から始まる。第一次世界大戦の爪痕が残り、スペイン風邪、経済恐慌といった混乱のなかで行われたアントワープオリンピック。2020年の世界と符号する「1920」は、本作の世界観を強く提示すると同時に、アルバム『深海の街』の幕開けに相応しい曲と言えるだろう。さらに2019年に火災に見舞われたノートルダム大聖堂とコロナ禍の世界を結び付けた「ノートルダム」、人と人が離れ離れになってしまった現状を映し出すような「離れる日が来るなんて」が続き、まるでドキュメントを見ているようなイメージは濃くなっていく。

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