ドレイク、ナイーブなリッチマンはどこへ向かう? 新曲「Lough Now Cry Later」に滲むスタンスの変化

内省的なだけではないDrakeのアーティスト性

 今年リリースしたDrakeの『Dark Lane Demo Tapes』は、直近でリリースしてきた曲をまとめたミックステープ作品であるが、全体的にはいかにも内省的なムードが目立つ。例えば、ミックステープ中に収録されている、Chris Brownをフィーチャリングした「Not You Too」の〈First time in a long time. Heartin’ deeply inside〉という言葉から始まるリリックや、「Chicago Freestyle」の全体に見られる過去の女性関係に関する言及など、成功してもなお埋まらない孤独感と、リレーションシップへの不信感、不安感を湛えた楽曲が目立つ。

 これは、マッチョ的な価値観が根付いてきたヒップホップ界の中で、情けなさや、心の痛み、孤独感などを歌うという、これまでのDrakeの、繊細で内省的なキャラクターイメージを考えれば、確かに彼らしいリリックになっている。ミックステープよりも先にリリースされた「”When To Say When”&”Chicago Freestyle”」のMVで、巨大な豪邸で一人札束を金庫に入れるDrakeの姿が印象的に収められている場面も、彼の成功しても埋まらない、寂しさと孤独感を象徴しているだろう。

 そんな中で、今回の「Laugh Now Cry Later」にも、内省的な歌詞が散見されるのは間違いない。今回のMVで、その「泣き姿」を堂々とさらしていることも、いかにも前述したようなタイプ化されたDrakeの姿だ。しかし、一方で今回の曲は「今は笑って、後で泣く」というタイトルの通り、悲しみや不安などは後に回し、それこそ今回のMVでの、レッドカップを片手に大笑いするDrakeの姿のように、今この瞬間は楽しもうという楽観的なスタンスを含んでいるのも明らかだろう。今までDrakeが映してきた内省的で個人的なテーマと向き合いつつ、そこにネガティブに浸るのではなく、寧ろ、この曲の最初に堂々と鳴るシンセのサウンドも含め非常に軽やかな印象もリスナーに与えているのではないだろうか。

 さらに、ここで重要だと考えるのは、内省的なテーマへの向き合い方の違いはあれ、前述した「When To Say When”&“Chicago Freestyle」と、今回の「Lough Now Cry Later」の両方ともに見られるように、常に彼が曲やMVのなかで、成功している自分の姿を見せていることだ。

 特に「Laugh Now Cry Later」のMVに見られる、ナイキやベンツなどのトップブランドとのコラボなどは、彼がナイーブな情けなさや傷つきやすさを湛えたキャラクターであると同時に、「稼いでいるトップのラッパー」として、自らをロールモデル化することに意識的なアーティストであるとも言える部分だろう。さらに、自らがラップゲームの中で成功し、それにより稼いでいるリッチマンであることをしっかりと示すと同時に、今年の中でも「Chicago Freestyle」に参加した若手R&Bシンガー・Giveonのように、若手アーティストのフックアップも、その影響力で積極的に行っていることから、それらによって彼がシーン全体の底上げに2010年代から今までで貢献してきた事実を再認識させられる。2010年代はたびたびディスにもさらされてきた印象もあるDrakeだが、結果として、彼が生み出している音楽、ネットでのミーム化、他アーティストとのコラボで、彼がコンスタントに成功をし続けていること。現代性を帯びた意識的なヒットメイカーの側面もある彼を俯瞰して見ることこそが、現在のシーン全体を俯瞰して見ることにも繋がるとさえ言える気がする。

 そう遠くないうちにリリースされるであろう新作『Certified Lover Boy』がどういったアルバムになるのか。今回の1曲のみではもちろん全ては断言はできないが、少なくとも今までのDrakeの動きと同じく、間違いなく見逃せない、重要なレコードになるだろう。「Lough Now Cry Later」に詰め込まれた彼のアーティスト性と軽やかさが、どのように組み込まれるのか。それこそ、自身のナイーブさに区切りをつけるような内容のアルバム作品になるのか。そのあたりに注目と期待をしてリリースを待ちたい。

■市川タツキ
幼い頃から、映画をはじめとする映像作品に関心を深めながら、高校時代に、音楽全般にも興味を持ち始め、特にヒップホップ音楽全般を聞くようになる。現在都内の大学に通いつつ、映画全般、ヒップホップカルチャー全般やブラックミュージックを熱心に追い続けている。

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