磔磔が育んできた、ライブハウスとミュージシャンの関係 ドキュメンタリーを機に数々の名演、バンドシーンの変遷を振り返る

ライブハウスがアーティストを育てる

 「すごい人たちの音が間違いなく染み込んでいる」と語るのは、仲井戸“CHABO”麗市。ミュージシャンたちにとって磔磔は、長くて重い伝統に背筋が伸び、しかし絶え間なく新しい風を呼び込んでいるところに刺激を受ける場なのだ。

 番組内で永井“ホトケ”隆が証言するように、磔磔は1970年代、反東京的なイズムから、まだ見ぬ京都の地元バンドを積極的に取り上げた。そして「関西にはおもしろいバンドがたくさんいる」と言われるほど独自のムーブメントを生み出した。仲井戸“CHABO”麗市も「関西圏にそういうバンドがいるという情報をキャッチした。関西にいいのがいるんだなって」と当時、クチコミがまわっていたそうだ。

 石田長生が「京都にはヒッピーに憧れるロックの文化、ブルースなどの音楽、そして学生運動がゴッチャになっていた」と振り返るように、良い意味で分け隔てがなかった。磔磔はそういった京都の地盤を受け、今も昔も、新しいもの、長く続くもの、異文化への偏見がなく、おもしろいものを評価して音楽ファンに届けているのだ。

 本稿に際してインタビューに応じ、「磔磔は自分にとって永遠に片思いの場所」と話をくれたのは、「アドベンチャーロック」を掲げる京都のバンド・私の思い出でボーカルを担当する、登山正文だ。私の思い出は、これまで8年連続で磔磔にてワンマンライブを開催。公演は毎年満員を記録している。ほかにも対バンイベントを含めて登山は何度もその板の上に立っているが、「数えきれないくらい出演していても、磔磔でライブをするときはいまだに緊張します。自分にとってホームであり、聖域でもあります」と敬意を表す。

「おにぎりユニバース」MV 私の思い出

 登山はウィルコ・ジョンソン、The Pirates、麗蘭らの公演を観に行ったと語るなど、磔磔はひとりの音楽ファンとしても思い入れの深いハコ。だからこそ、自身がそこで演奏する際は、磔磔が辿ってきた歴史を必ず意識しているそうで、「ヘタなことはできないぞ、という気分になります。それに磔磔は何と言っても音が好き。生々しいというか、嘘のない音が鳴る気がしています」とひときわ気合いが入る。

 そんな登山が、磔磔に出演することになった経緯がこれまた良い。仲井戸“CHABO”麗市の弾き語りライブを磔磔に観に行った日、同店スタッフに自分のバンドのデモ音源を「良かったら聴いてみてください」と手渡しした。そうすると後日、水島博範氏から登山宛に出演依頼のメールが届いたという。

 音楽関係者は毎日のようにデモ音源の受け渡しをおこなっている。その数は大量だ。磔磔にもきっと、かなりの数量が飛び込みで渡されていることだろう。しかしこの業界、インディーズのミュージシャンが音源を渡してスルーされることは少なくない。そんななかにあって、スタッフから店長のもとへモノが渡り、ちゃんと楽曲を聴いて、そしてオファー。それが、私の思い出の8年連続ワンマンライブ&毎年満員という成果へ繋がった。

 大好きなミュージシャンのライブを観にいった若者が、そこで憧れのライブハウスに立つきっかけをつかむーー。なんて夢のある話だろうか。ライブハウスがアーティストを育てるとは、まさにこういうことだ。

元通りになるのを待つしかない、もどかしい現状

 筆者もごくたまに音楽ライブに出演したり、イベントを主催したするなど、ライブハウスとは毎年何かしら一緒に仕事をしている。スタッフとやりとりする機会も多い。PAにも今まで聴き取れなかったような音をすくい上げて響かせるマジカルな腕を持つ人や、音にものすごい圧力を仕掛けて迫力を生み出す人などがいて、ミュージシャンが作る楽曲のポテンシャルを底上げしてくれたりする。

 照明やステージ演出のスタッフも「このアーティストにはこういう光が合う」「スモークをたいた方が絶対カッコいいからオマケします(無料でOK!)」と熱意を込めてくれる人もいる。ライブハウスのバックアップを受けて、アーティストはステージ上で輝く。

 そんなライブハウスは2020年、新型コロナウイルスの影響で厳しい経営状況に立たされている。最大動員の数を減らすなど、感染防止のガイドラインを遵守している。配信ライブが増えたことで、撮影の際の人件費や機材維持費などがかなり膨らんでいるそうだ。何とかやりくりをしているが、筆者の知り合いのライブハウス関係者はみんな「現状、ギリギリでやっている」「もう一度、営業自粛なんてことになれば間違いなくアウト」とうつむく。

 各ライブハウスは存続のためクラウドファンディングなどで支援を募っている。サポートするミュージシャン、音楽ファンも数多い。だが当然、限界はある。現実的に考えると、具体的な打開策はあまりなく、「元通りになるのを待つしかない」という、もどかしい状況が続く。

 ただ『磔磔というライブハウスの話』を観ると、あらためてライブハウスは人と音楽を育てる場所だということがよく分かる。かつてのように声を出すなどの盛り上がりを取り戻すのは当分難しいかもしれないが、生で音楽を楽しむ喜びだけは失いたくない。音楽ファンとしては、ミュージシャンを成長させてくれるライブハウスを、できる範囲で何とかサポートしていきたい。

■田辺ユウキ
大阪を拠点に、情報誌&サイト編集者を経て2010年にライターとして独立。映画・映像評論を中心にテレビ、アイドル、書籍、スポーツなど地上から地下まで広く考察。バンタン大阪校の映像論講師も担当。Twitter

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる