羊文学、オンラインツアー『優しさについて』は“ドキュメント”でもあるーー1st EP&2nd EP収録曲披露した初日をレポート

羊文学オンラインツアー初日レポ

 いわゆる轟音ギターを“非日常の興奮”と感じるリスナーは多いし、そもそもバンドであることを“闘い”だとか、何かのバトルのように考えるバンドマンも少なくない。ただ、彼女たちにとってこれはまったく逆の営みなのだろう。人間関係の複雑さ、友人が口にした一言、なぜか寝る前にいつも考えてしまう詮無いこと。そういう普通の思考がなめらかにロックになっている。普通の日常がごく自然に轟音ギターと繋がっている。これは羊文学の個性であり、今後いくらでも伸びていく面白さになるだろう。いまどきロックは反骨の音だという思想が有効だとは思わないが、ロックの掟、バンドシーンの暑苦しさのようなものから、3人はもともと開放されているのだ。

 閑話休題。ゆるいMCを挟み、後半は2nd EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』からの4曲が披露される。最初のアンニュイな憂鬱は、もうここにはない。「ハイウェイ」の〈ハイウェイにのって どこまでも行くんだ〉という歌詞に顕著だが、少なくとも頭でぐるぐる考えているだけではない、家の外に出て、他人や世界と対峙していく覚悟が生まれたのだと思う。ふわりとしたファルセットと、パーンと張った地の声を意識的に使い分ける曲が出てくるのもここからで、後者は驚くほど強い印象を残す。悩んでいた少女時代を振り切るような意志を感じるのだ。若き日々の成長が如実に表れている初期の曲だから、セットリストが作品の曲順そのままなのは非常にいい判断だったと思う。これはライブであり、ドキュメントでもあるのだ。

 「マフラー」で終わりかと思えば、ラストは「1999」。時系列でいえば1stアルバムを飛ばすことになるが、2018年の年末に配信されたクリスマスソング。そして、羊文学最初のスマッシュヒットとなったポップな名曲である。これをラストに聴かせる流れが素晴らしかった。子供と大人の狭間で迷っていた時期をしっかり見せたあとに、幼少の記憶を大人になってから振り返る。そこにはカタルシスがあったし、派手ではないが確かな高揚があったのだ。塩塚が嬉しそうな表情で「ありがとうございました」と言ったあと、映像は再び調布駅に戻り、そこで終了となる。

 羊文学はこんなふうに歩いてきて、こんなふうに続いていくんだよ。そんなストーリーの続きが見えた。なるほど、これは確かにツアーと銘打っていいものである。いわゆる“配信ライブ”以上に、今開催する意義を感じたのは、バンドと関わりの深い各ライブハウスの特性を生かし、会場に縁のある監督による“作品”のようだからだろう。共に歩んできた場所、スタッフ、クリエイターたちと作り上げた映像だからこそ胸に訴えかけてくるものがあった。来週、再来週が、ますます楽しみになってきた。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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