中国ストリートダンスブームを牽引するバトル番組 “ゴッドファーザー”的存在のディレクター&注目ダンサーに現状を聞く

中国ダンスバトル番組スタッフ&ダンサーに聞く現状

 それでは、今回シーズン3に登場するダンサーにはどんな人がいるのか? シーズン1の出演経験があり、今回カムバックする二人のダンサーに話を聞いた。

 1990年生まれ、ダンス歴15年の電門(ディエンメン)は、ポッピングのダンサーとして活動している。2011年から毎年大阪のスタジオでレッスンを受け、日本の大会への参戦経験もある。2004年から続いている中国最大のストリートダンスの大会『KEEP ON DANCING』では二年連続で優勝し、フランスの有名な大会『Juste debout(ジャストゥドゥブ)』でファイナリストに残り、シドニーで開催された大会『Dance Collab』のポッピング部門で優勝した。

 シーズン1に出演するまでは、試合に出たり、審査員として他のダンサーをジャッジしたり、イベントに出演したりという「アンダーグラウンド」の世界でダンスを踊ってきたと語る。「ダンス業界では知られていたかもしれないけれど、この業界は他と比べると本当にマイナーなアンダーグラウンドの世界。ただ、番組に出演したことで一気に名前が知られ、私を見てダンスを始めたという人もいました。ストリートダンスシーンが急激に変わり、盛り上がりを感じましたね」。番組出演後、上海にダンススタジオ「D.factory」を設立し、自分のレッスンの場として活用しているだけでなく、ダンス教室も開くようになった。

 アンダーグラウンドからメインストリームへと変化したストリートダンス。長年ダンス界に身を置いてきた当事者から見ても大きな変化だったようだ。番組では、普段自分が得意としているポッピング以外のジャンルのダンスもマスターし、他のダンサーたちと一緒に作品を作りあげるというチーム戦がある。ステージでただダンスを披露すればいいというものではなく、番組なので衣装も準備され、カメラワークも気にしなければならない。どれもが初めての経験だった。「シーズン1で一番印象に残っているのは、3日間ほぼ寝ない状態で創作、レッスン、リハーサル、衣装合わせ、収録、取材が続いたことですね。実は、この取材を受けている今も徹夜明けなんですが(笑)」。どうもシーズン3でもダンサーたちは極限の状態で番組収録をしているようだ。

 シーズン1でディエンメンが脱落したのは、ダンサー三人で作品を発表した時のこと。その作品で、三人は長い棒を手にし、ダンスの中で棒との一体感を見せた。中国の武術にある棍術(棒術)を彷彿させるような、数日のレッスンだけではとてもマスターできるとは思えないとても難しい技だ。実際、本番では棒をキャッチできず、失敗するというアクシデントが起き、ディエンメンは残念ながら最後のステージまで進むことはできなかった。「シーズン1での悔しさはずっとありました。番組は、新たな自分へのチャレンジというか、自分の可能性が試せる場なので、今回のカムバックはとても楽しんでいます」。

 19年に渡りブレイキングを踊ってきた小白(シャオバイ)も、残念ながらシーズン1の最終まで進めなかったダンサーだ。脱落が決まった時、ステージ上で「必ず戻ってきます」と力強く語ったその一言は印象に残っている。雲南省大理(だいり)で11年間ダンススタジオ「小白門徒街舞」を運営しながら、ダンスグループのリーダー、ブレイキングのダンサーとして活動してきた。「19年とは言っても、ずっとダンスだけをやってきたわけではないんです。やはり生活がありますから、ダンスをやりながら別の仕事をしていた時期もありました」。

11年間運営を続けてきたダンススタジオ「小白門徒街舞」で指導するシャオバイ(写真提供:小白)

 ディエンメンも言っていたように、長年ダンスを続けてはきたけれど、多くの人に認知され、産業として軌道にのったのは番組放送以降のようだ。「番組に出たことで、色んな企業やブランドから声がかかりアンバサダーを務めたり、イベントに出演する機会も一気に増えましたね」。

中国のファッションブランドANGEL CHENのパフォーマンスにも参加した。参加したダンサーたちと。シャオバイ(前列、右)(写真提供:小白)

 番組出演を決めた理由としては、日頃、自分が踊っているジャンル以外のダンサーとの交流が持てることや普段あまり関わりのない先輩や新人ダンサーとバトルをすることで、自分の力を見てみたいと思ったからと語る。「あとは、大理にもブレイキングを踊っているダンサーがいて、ストリートダンスがあるということを伝えたいという思いもありましたね」。

 シャオバイが生活している雲南省の大理は、ラオス、タイ、ミャンマーなどの東南アジアに近い少数民族が多く暮らす街だ。広大な自然に囲まれた、中国の人気観光スポットにもなっている。上海から飛行機で約3時間40分、北京から約4時間という距離を見ても、また違う生活やカルチャーがあることが分かるだろう。私自身、雲南省を旅行した経験があるため、シャオバイが11年間この土地でダンススタジオを運営してきたことに少し驚きがあった。と同時に、上海、北京などの大都市以外でもストリートダンスの需要があることを改めて実感した。

 2024年に開催予定のパリオリンピックに、ブレイキングが新たな競技種目として認定されたことはストリートダンス界にとって大きなチャンスとも言えるニュースだ。「中国でも、ブレイキングの認知度がどんどん上がっている気がしますね。最も難しいダンスの一つではあるのですが、このダンスを踊りたいとレッスンを始める若い人も増えています。また、ブレイキングを踊っている子供のダンサーの中には、すでに大人顔負けのレベルに達している人も少なくないんですよ」。冒頭で紹介した『师父!我要跳舞了(Let's dance)』には、二人のブレイキングダンサーの子供が登場する。二人とも子供とは思えない勢いとバランス感覚があり、見ているこちらも思わず「おー」と声をあげて呆気にとられてしまった。

 「15年以上ダンスを続けてきた人は、中国ではまだ少ない。辞めた人も大勢見てきました」。シャオバイはインタビューの中で、このようにも語っていた。ブームに乗りダンスを始める人は増えたが、継続して職業としてダンスに向き合い続ける人がどれほどいるのか、産業の動向は今後も見守る必要がありそうだ。

 ファン・ジュンが中国のダンス界の第一世代だとすると、ディエンメン、シャオバイは第二世代になる。そして、番組に登場する若手ダンサーたちはその第二世代の元でダンスを始めた第三世代、さらに小学生、中学生などの第四世代の子供たちがすでに頭角を現しているというから、中国のダンス界の未来は確実に明るいと言える。

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■小山ひとみ
中国のミレニアル世代やユースカルチャーが得意分野のライター、コーディネーター、中国語通訳・翻訳者。『STUDIO VOICE』Vol.413では中国のオンライン番組についてのコラム執筆、Vol.414では中国のファッションページで企画、コーディネート担当。『装苑』で中国のファッションデザイナー、ウェブマガジン『HEAPS』で中国ヒップホップやミレニアル世代の記事を執筆。2017年の「フェスティバル/トーキョー」では中国特集をキュレーション。中国のメディアに日本の情報も提供するなど、日本と中国の「いま」にフォーカスを当てて発信を続ける。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」で中国のアイドル、ファッション、ヒップホップ、映画を紹介。2019年12月『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』出版。

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