ポップミュージックにおける、“ボーカル多重録音”の効果 ジャスティン・ビーバー『Changes』を機に紐解く

 個人的に印象深いのは、デジタルMTRにひたすらボーカルを多重録音して複雑な織物のようなサウンドをつくりあげるエンヤだ。一曲あたり数百回もの声を重ねて分厚いサウンドをつくりだす手法は、他に類がない。

Enya - Only Time (Official Music Video)

 先ごろ新譜をリリースしたばかりのグライムスもエンヤのプロダクションテクニックを称賛してやまない(ゼイン・ロウとの対談で「もっとエンヤのプロダクションは評価されるべき」という趣旨の発言をしているし、自身のキュレーションによるプレイリスト「ETHEREAL is a genre.」にもエンヤがフィーチャーされている)。

「ETHEREAL is a genre.」

 さらに時代を下って、現代的な多重録音のエクストリームは、といえば、なにをおいてもジェイコブ・コリアーということになろう。マルチプレイヤーでありまた卓越したボーカリストであるコリアーは、自身の歌声を多重録音して複雑なハーモニーを操る。『Jazz the New Chapter 6』収録のインタビューによれば、『Djesse vol.2』に収められた「Moon River」のカバーでは「5000を超えるヴォーカルトラックが入っている」という(同書の30頁を参照)。「自分の声ですべて仕上げる」からこそできる、どうかしているレベルの作り込みだ。MVでは、大勢のコリアーがハモって見せているのがファンシーな絵面のなかに異様な迫力を醸し出している。

Jacob Collier - Moon River

 よほどのコントロールフリークなのだろうと思うと、同じインタビューでは、「僕は歌うってことは人間を平等にさせてくれるものだと思っている」(同31頁)と、自作に対する完璧主義とは異なる「歌」に対する良い意味で理想主義的なスタンスが伺えてまた興味深い。

 ジャスティン・ビーバーの話をしていたと思ったらいつの間にか「やばい多重録音」の話になっていたが、しかしこと録音芸術としてのポップミュージックを考えるならばそこには質的な連続性がある。その距離の近さ・遠さに気を配りつつ、エアポートポップスとエクストリームなひとりクワイアーを行き来してみてはいかがだろう。

■imdkm
1989年生まれ。山形県出身。ライター、批評家。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。著書に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。ウェブサイト:imdkm.com

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