小袋成彬、言葉を編む作家としてのレンジの広さ アルバム『Piercing』を聴いて

 そして3曲が繋がった構成になっている「In The End」「Snug」「Three Days Girl」はシームレスで、恋の終わりの情景から心情へと移行していく。ここでは実際の別れに対する悲しみというより、〈忘れよう〉と〈話をしよう〉というアンビバレントな感情に共振してしまう。エフェクトのかかった声で歌われる「Snug」の曖昧さーーここにある言葉は彼の頭の中にあることなのか? それとも実際に対象に話したことなのかは曖昧なまま、「Three Days Girl」へ。R&B寄りではあるが素直なボーカルが現実に戻った感覚だ。

 喪失までのストーリーは前作に比べ、ずいぶん平易な表現になった印象だが、加えてラストの「Gaia」では5lackのラップと交互に歌うことで、軽妙に韻を踏むだけでなく、〈もうお前の倍 風 刻んでる〉と、ティーンエイジャーが言いそうな強がりも顔を出す。と、同時に核心の歌メロで〈あなたにかけたかった言葉〉を〈書き足してる〉と歌うくらいには強くなっているのかもしれない。そしてラストではもう姿も見えないぐらい、声が遠くに聴こえるミックスになっていることで、主人公が風のように去って行く後姿を見るような体感を得た。

 私小説的だと評されることも多い小袋の歌詞だが、今回は恋愛が主題で時間軸もリスナーが並走できるような構成になっており、前作とはまた違う感情移入ができる。制作環境も現在の拠点であるロンドン、そして時々帰国しての東京での作業は今作にダイナミックなスピード感を与えたのだと思う。一貫したストーリーと、大勢の友達、ラッパーとのコラボレーション。だが『Piercing』はドキュメントではないだろう。駆け抜けるような恋とその喪失の物語の形式を借りて、失いもせず前に進めないあらゆるモノや人の遥か先を走る姿を見せているのだ。

 「ピアスって高校にはあけるでしょ?その、体に穴をあけるのに向こう見ずな勢いが好きでね(前後略)」。ローンチ前のアルバムタイトルにまつわるツイートがこのアルバムの精神的な年齢を象徴していたが、歌詞の勢いやシズル感もそこには紐づいている。言葉を編む作家としての小袋成彬のレンジは広い。

小袋成彬『Piercing』

■石角友香
フリーの音楽ライター、編集者。ぴあ関西版・音楽担当を経てフリーに。現在は「Qetic」「SPiCE」「Skream!」「PMC」などで執筆。音楽以外にカルチャー系やライフスタイル系の取材・執筆も行う。

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