山下達郎の楽曲は、なぜドラマとの相性がいいのか 『グランメゾン東京』から考える“主題歌の醍醐味”

 しかし、それだけではなかった。ドラマの回を追うごとに、この曲がカットインしてくるタイミングとこの曲の歌詞が、本作が内包している“テーマ”を、さらに浮き彫りにしているように思えるのだ。なるほど、これが文字通り“主題歌”の醍醐味というものか。そう、ここ最近のドラマを見渡して、主題歌との相性、あるいはそれが生み出す効果という意味で突出した印象を残したのは、石原さとみ主演のドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の主題歌として書き下ろされた、米津玄師の「Lemon」だった。のちに大ヒットを記録したように、「Lemon」という楽曲そのものが持つ力も無論大きいだろう。しかし、『アンナチュラル』をリアルタイムで観ながら思っていたのは、毎回毎回、ここぞという絶妙なタイミングでカットインしてくる主題歌「Lemon」の劇的な演出効果なのだった。法医解剖医が主人公ということもあって、毎回その終わりには、死者に寄せるさまざまな人々の思いが交錯することの多かった『アンナチュラル』。そんな登場人物たちの無念の思いを代弁するかのように流れ出す、〈夢ならばどれほどよかったでしょう/未だにあなたのことを夢にみる〉という「Lemon」の歌い出しの言葉。それは物語の内容とも相まって、視聴者の心に鮮烈な印象を残したのだった。

米津玄師 MV「Lemon」

 翻って、『グランメゾン東京』における「RECIPE(レシピ)」は、どうだろう。回を追うごとにわかってきたのは、このドラマが単に、落ちぶれた料理人の再起を描いただけのドラマではないということだった。木村拓哉演じる主人公は、なぜそれほどまでミシュランの“三つ星”にこだわるのか。そもそも、再起を誓う尾花が新たにオープンしたレストラン『グランメゾン東京』のオーナーシェフは、鈴木京香演じる早見倫子ではないか。そう、尾花はあくまでも“スーシェフ”として、彼女を支える立場なのだ。そして、沢村一樹演じる同店のギャルソンは、なぜそのライバル店である『gaku』を辞めてまで、尾花と再び行動を共にしようとしたのか。“大人の青春”を描いたドラマとも称される本作だが、彼らが“大人”である理由は、その年齢なこと以上に、彼らが「自分ではない誰か」のために奮闘している点にあるのだろう。そう、尾花をはじめとする登場人物たちそれぞれが、「自分ではない誰かのために頑張ること」が、実はこのドラマの真のテーマなのだ。そして各話の終盤、そのテーマが浮かび上がる絶妙なタイミングで流れ出す、〈君のため選んだ/しあわせのレシピを/始めよう 今夜も/キャンドルを灯して〉という「RECIPE(レシピ)」冒頭の歌い出し。この〈君のため〉という最初のフレーズが、ドラマの内容とあいまって、存外に視聴者の心に響いてくるのだ。〈君のため〉――その〈君〉が果たして誰を指すのかは、それぞれのエピソードで異なっている。

 たとえば、12月8日に放送された第8話「ビーフシチュー」は、尾花のかつての料理の師匠である潮卓(木場勝己)がグランメゾン東京を訪れ、「料理とは、誰のためのものなのか」を問い掛ける回だった。プロの料理人は、果たして誰のために料理をするのか。無論、それはレストランへと足を運んでくれる客のためである。よって、客の嗜好を考慮しない料理人など論外なのだ。そんな気付きをもたらせてくれた師匠のためにも、その弟子である自分は、必ず三つ星を獲る。そう決意を新たにする尾花の心境を代弁するかのように、〈君のため〉という「RECIPE(レシピ)」のフレーズが響いてくるのだ。そのドラマが描き出すテーマを、その音楽と言葉によって、それとなく視聴者に気づかせてくれること。なるほど、それがドラマ“主題歌”の本当の醍醐味なのだろう。無論、最初に述べたようにこの曲は、“大人のラブソング”として、ドラマの内容を離れても十分そのイメージを膨らませることのできる一曲となっている。しかし、米津玄師の「Lemon」同様、ドラマを観ている人にとっては、さらに格別な意味を持った一曲として響く「RECIPE(レシピ)」。ドラマと主題歌の理想的な関係が、まさしくここにあると言えるだろう。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。

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