トム・ヨークは、今何を表現しているのか 『フジロック』でみせた現代に息づく音楽性

 『ANIMA』のリリース直後には、トムがプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッジやビジュアルアーティストのタリック・バリと組んだTOMORROW’S MODERN BOXES名義のライブが『FUJI ROCK FESTIVAL』で行われた。前回の『SUMMER SONIC』での同名義のライブよりはるかに良かったというのが私の率直な感想で、圧巻としか言いようがない凄まじいライブだった。その幽玄にして空間的な広がりをもったエクスペリメンタルなドローンアンビエントエレクトロニカと幻想的なビジュアルの融合が織りなす世界は溜息が出るほど美しかったが、同じ日の夕方にやったジャネール・モネイのライブとはいろいろな意味で一見、対照的にも見えた。ジャネールは、女性、黒人、LGBTQI、労働者、障害者、移民など、さまざまなマイノリティや被抑圧者たちへの共感とポジティブなメッセージを打ち出し、セット、照明、映像、そしてパフォーマンスすべてを使ってエンターテインメント性たっぷりに伝えていた。そのメッセージは娯楽という包装をまとってはいるが、今こそ伝えるべき緊急性の高いものだった。それに対してトムの表現はエンターテインメントというよりアートフォームであり、ポップミュージックのせわしない流れとは隔絶したところで鳴っているようにも思えた。平たく言えばジャネールは「今この時に見なければならない」旬のアーティストであると思わせたが、トムはいつ、どこで聞いても変わりないように聞こえる。

 だが実はそうしたアート性の高い表現であっても、トムの音楽は決して浮世離れした高踏的なアートフォームなどではなく、アクチュアルな政治的課題や社会性に裏打ちされることで、現代に息づく表現としてしっかりと力強く機能している。それはライブを見ることでよりはっきりとわかった。ともすれば彼のやるような音楽は実験のための実験、手段が目的化したようなものになりがちだ。それはそれで興味深く意義深いものとなる場合もあるだろうが、トムはそう考えなかったのだろう。

Thom Yorke & Flea - Daily Battles - Motherless Brooklyn (Official Video)

 『ANIMA』発表後も、Red Hot Chili Peppersのフリーと共演した新曲「Daily Battles」をいち早く発表するなど、トムの創作意欲は衰えを見せない。デヴィッド・ボウイは昔「ロックンロールで二度新しいことを言うのは難しい」と言った。かつて『Kid A』という革新的な作品でシーンに衝撃を与えたRadiohead/トム・ヨークも、同じジレンマに陥る危険性は常に孕んでいる。かつて革命だったものも、いつかは日常になる。だが現実の政治や社会という重しをくくりつけることで、トムの表現はますますリアルに研ぎ澄まされているのである。

■小野島大
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』『CDジャーナル』などに執筆。Real Soundにて新譜キュレーション記事を連載中。facebookTwitter

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