リズムから考えるJ-POP史 第5回:中田ヤスタカによる、“生活”に寄り添う現代版「家具の音楽」

トラックに同化してゆく声、主役からしりぞく“うた”

 ところで、先程ちらりと言及した、ボーカルを加工するか否かという問題。中田ヤスタカの音楽を考える上で、とりわけPerfumeでの仕事を考慮に入れるならば、これは必須の論点だ。とはいえ、Perfumeにおけるオートチューンの使用を「テクノポップ」とか「ロボ声」、「非人間化」、あるいは初音ミクのような「キャラクター化」の文脈に含みこんでしまうと、中田のほかの仕事との関係が見えなくなってしまう。というかそもそも、中田は何度もくりかえし、あっけらかんとその意図を説明している。

「[…]まあ、もともとピッチ補正をウリにしているわけでもない……Auto-Tuneを使うための音楽をやっていたわけじゃなくて、普通の声だとなじまない音楽だったので、オケに合わせるためにボコーダーとかAuto-Tuneを使うようになっただけ。いかにオケと声の一体感を出すかというだけで、ディレイやリバーブと一緒の感覚なんですよね。」
(『サウンド&レコーディング・マガジン』2010年4月号、p.31)

 つまり、声とトラックをなじませる以上の意味はない。「それ以上の意味があるはずだ」と深読みしたくなる一方で、そうまとめることで見えてくるものも多い。そもそも芯がそれほど強くなく、ややハスキーでウィスパー気味のこしじまとしこのボーカルは、矩形波やノコギリ波といったむきだしの電子音と難なく馴染む。その声質の選択から、すでにシンセを選ぶような感覚があったとも思える。また、オートチューン以外にも声にためらいなくかけられるカットアップやモジュレーション(ピッチ、音質、タイムストレッチ等々)の多くも、声をサウンドの中心にせず、リスナーの関心を声とトラックに平等に向けさせるという効果をたしかに持っている。

 その点で興味深いのは『S.F. sound furniture』だ。2曲目の「GO! GO! Fine Day」で1分5秒ごろから登場する「Go! Go!」というコーラスに施されたエディットも特徴的だし、3曲目「ポータブル空港」では、こしじまとしこのボーカルがキーボードのように用いられている。要所要所でのこうした声のエディットは、徐々に全体としてのサウンドへと注意を拡散させてゆく。

 中田ヤスタカのこうした試みはごく長いスパンで実践されてきた。Perfumeでボーカルのピッチ加工が当たり前になり、きゃりーぱみゅぱみゅではナンセンスな語呂だけのフレーズが“うた”をやめてキャッチーなサウンドロゴのようにサビを飛び跳ねる。時代を2000年代から一気に飛んで、2017年のきゃりーぱみゅぱみゅ「原宿いやほい」や、あるいは同年にPerfumeがリリースした「If you wanna」では、もはやかつてサビであった部分には“うた”も“声”もほとんどない。あるのはダイナミックに左右のスピーカーを行き来しながら鳴り響くシンセサイザーの音響と、その隙間を縫うように配置された掛け声だけだ。次なる展開を予感させ気分を煽る“ビルドアップ”のパートを経て、低域を中心としたシンセサイザーなどの音響で一気にテンションを高揚させる“ドロップ”に突入する手法は、EDMと呼ばれた2010年代のダンスミュージックに特徴的なものだが、それがJ-POPに導入されたのだ。

きゃりーぱみゅぱみゅ - 原宿いやほい , Kyary Pamyu Pamyu - HARAJUKU IYAHOI
[Official Music Video] Perfume 「If you wanna」

 これが明確にオートチューンと声をめぐる中田ヤスタカの問題意識の延長線上にある発展であることは、2015年のこんな発言からも裏付けられる。

「[…]今はEDMの奥行きも広がって面白くなっている。例えば、歌の後のインスト部分がサビみたいな曲も普通になってきましたよね。あれって、実はCAPSULEではずっとやってきたことで、それこそインスト部分を間奏と言われないように作っていた……そういうことがやっと認められるタイミングになったなと。2~3年前だったらドロップで盛り上がることなんて無かったけど、それが徐々に変わってきた。」
(『サウンド&レコーディング・マガジン』2015年3月号、p.21)

 ここから実際にポップスにドロップを持ち込むまでには2年余りかかっていることになる。実際には、Perfumeのいくつかのシングル曲ではアルバムバージョンでドロップによるサビを実践していたのだが、シングルで使ったのはこの時期が初めてだ。J-POPのサウンド、ひいてはそのサウンドがつくりだす構成やリズムのあり方を、中田ヤスタカは想像以上に長いスパンのなかで形作ってきたことがわかる。

 2001年にcapsuleとしてメジャーデビューを果たしてから20年が経とうとする今に至るまでの彼の音楽の変化は、スタイルを柔軟に変えながらも、じっくりとひとつの理想を形にしえた、長い道のりとして考えられる。かつそれは、J-POPという環境に対して地道に働きかけ、環境を編成しなおしてきた成果であり、ひいてはリスナーと世界の関わり方をある面で作り変えているかもしれない。

■imdkm
ブロガー。1989年生まれ。山形の片隅で音楽について調べたり考えたりするのを趣味とする。
ブログ「ただの風邪。」

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