異色の“移民者ラッパー”Moment Joon、日本社会へ放つコンシャスラップがシーンに与える影響

日本のヒップホップシーンに巻き起こしたムーブメント

 そして、2014年の除隊後に発表した「Fight Club(Control Remix)」が大きな注目を集める。この楽曲は、2013年にUSのヒップホップシーンで話題となったビッグ・ショーン「Control feat. Kendrick Lamar & Jay Electronica」をビートジャックし、Jinmenusagi、R-指定、Ry-lax、Kojoe、チプルソ、KEN THE 390といったラッパーをネームドロップしながら日本のヒップホップシーンに対する鋭い批判と攻撃的なリリックで、ケンドリック・ラマーのヴァースを彷彿とさせた。

〈手遅れControl いまさらやったきっかけ/なぜこのビートでやったやつはBitchだけ?/What the Fuck is wrong 日本語Rapシーン/なぜ皆ダサいもの作るに熱心/これじゃまじでガラパゴス 閉じられたDNAに/俺みたいなやつが居なかったらどうする/つもりだったんだ Here comes your savior/忘れたか このゲーム唯一の正義を〉

 ケンドリック・ラマーのヴァースの本質がラップゲームに新たな「競争」を持ち込み、シーン全体のレベルを高めようとしたことにあるように、この楽曲も単なるディスやビーフではなく、Moment Joonの目から見るとぬるま湯に浸かった日本のヒップホップシーンに喝を入れ、競争心を持ち込もうとしたのだ。その結果、多くのラッパーからアンサーが生まれ、日本のヒップホップシーンに“#FightclubJP”というムーブメントが巻き起こった。

“移民者ラッパー”としてのアイデンティティー

Moment Joon『Immigration EP』

 その後、2015年に1stアルバム『MOMENTS』、2018年に『Immigration EP』をリリース。現在は客演やライブをこなしながら大学院に進学し、2ndアルバム『Passport & Garçon』を制作中のMoment Joon。海外での生活経験を経て日本に住むことで見えてくる文化や社会の違い、差別などを皮肉やユーモアを交えてラップするMoment Joonの楽曲は、日本人が日常生活では感じない多くのことを気づかせてくれる。

 日本を飛び出し海外で活躍してきた野球選手のイチローは、3月21日に行われた引退会見で“孤独感を感じながらプレーしていたか”と問われ、「それとは少し違うかもしれないけれど、アメリカに来て外国人になったこと。外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みが分かったり、今までになかった自分が現れた」「体験しないと自分の中からは生まれない。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。その体験は自分の未来にとって大きな支えになると今は思います」と答えていた。

 Moment Joonも韓国のみで生活していたら出てこなかったであろうこのような感情を抱えながら、ヒップホップという音楽を通じてアイデンティティーを表現している。そんな彼の夢は「“移民者ラッパー”と呼ばれること」だという(参照:i-D)。現在は学生ビザで日本に滞在していると思われるが、将来的な日本移住の希望を明言しているMoment Joonの今後の活動に注目していきたい。

Moment Joon - Effortlessly (簡単に)【日本語字幕】

■橋本洋平
1981年横浜生まれ。広告制作の傍ら、ヒップホップやR&Bを中心に執筆する音楽ライター。ファンキーなサウンドが好きで、ロックやEDMも好む。
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