J-POP史を考える新連載 第1回:リズムをめぐるアプローチが劇的に変化した2018年

 この文脈でもう1つ、注目したい例を挙げよう。星野源は、敬愛する細野晴臣の仕事を意識的に引き継ぐように、“イエローミュージック”というコンセプトを掲げてきた。人種的な意味も含めた“ホワイトとブラック”をめぐる対立の中に第三項として“イエロー=日本人”をはさみこみ、異文化を取り入れようとするときにうまれる歪みを肯定的に評価する。「日本人が外来の音楽をつくる」ことのねじれに再び目を向け、やや忘却されつつあった“内と外”をめぐる問いを改めて立ち上げ直すこのコンセプトは、内実には注意すべき点もあるとはいえ、掲げる意義のあるものだった。

 そんな星野の最新作『POP VIRUS』は、彼の持ち味であるファンクやソウルを基調としたソングライティングに、EDMを通過した現代的なプロダクションを施した意欲作となった。同作は優れた“イエローミュージック”のアップデートであると同時に、また「アイデア」のミュージックビデオにみられるように、日本の戦後芸能史、音楽史への彼の傾倒が反映された、現在の彼の多岐にわたる活動を総括する内容を持つ。

 しかし、こうしたドメスティックな文脈の濃厚さに対して、星野がタイトルにしたのは「J」なしの「POP」だった。しかもそれはウイルス、感染性のポップだ。「J」というくくりや「イエロー」というラベルを抜きに、音楽を通じて感染していくポップというウイルス。彼がそこまで自覚的であったとは思わないが、“イエローミュージック”から“POP”への移行は、“イエローミュージック”の中で自明とされてきた“イエロー=日本人”という前提をさらりと取り去ってしまう。それはたまたま歴史的な偶然によって“イエローミュージック”の名を与えられたにすぎず、そのコンセプトの実質はあらゆる色彩のるつぼたる「POP」そのものなのではないか。

 “外と内”という二分法を前提に、その2つの間のギャップをどのように調停するか。しばしば日本のポップミュージックを論じるにあたって、こうしたかたちの問題が設定される。“イエローミュージック”もそのバリエーションのひとつだし、たとえば佐々木敦『ニッポンの音楽』(講談社)は、いわゆる「はっぴいえんど史観」を下敷きにするかたちで、戦後の歌謡曲から2010年代のJ-POPまでを“外と内”が持つ関係の変化として論じている。しかし、こうした問いのかたちそのものを乗り越えるべきなのではないか。そうでなければ、世界規模で広がる、ジェンダーやエスニシティを焦点としたポップカルチャーの再編成に対して適切な視野を確保できないのではないか。“イエローミュージック”から“POP”へ、という星野の変化は、そのぼんやりとした徴候のように思えてならない。

 少なくとも自分に見えていた2018年の風景はこういうものだった。数々の素晴らしい作品が発表され、熱に浮かされるようにそれらに没頭する一方で、その状況を適切に切り取れるだろう言葉や、あるいは前提とするべき根本的な問いが自分の中に欠けているという感覚。もちろんそれはリスナーとしての自らの未熟さとか、堪え性のなさに由来するのかもしれない。とはいえ、これほどエキサイティングな1年を経て、もどかしさは増すばかりだ。

 そういうわけで、日本のポップミュージックの近過去について、自分なりに記述を編み直すことから始めようと思う。範囲は軽薄にも「平成」としてみる。いきおい、「J-POP」なる言葉の歴史を考えることにもつながる都合の良い区分である。

 通説では、J-POPという言葉はJ-WAVEが自局で選りすぐった国産のポップミュージックを放送するにあたり、差別化を図る独自のラベルとして1988年11月に採用したのがはじまりとされる。当初はいわゆる歌謡曲とは一線を画する“洋楽っぽさ”をあらわすためにつくられたこの言葉も、1990年代を通じて広く普及した結果、今では「日本で制作されているポップミュージック」程度のゆるい意味をもつ一般名詞になった。今に通じるニュアンスを持つようになったのは1994、5年ごろとする資料が散見される。

 ということは、平成元年生まれの自分がものごころがつこうかという頃にはJ-POPという言葉はだいぶん当たり前になっていたはずで、それは実際記憶をたどってみてもそうだ。最初にJ-POPの初出を知ったときは、「そんなに新しいものなのか」と思った。プロデューサーなる謎の肩書を背負ってテレビに登場する小室哲哉の姿や、宇多田ヒカルにざわつく世間の雰囲気、着々と浸透してゆく日本語ラップ……等々、自分が主にテレビを通じて親しんでいたJ-POPの姿を背景にしつつ、現在のポップミュージックをめぐる状況がどのようにして生まれたのか。しばらく音源や資料とつきあいながら考えていきたい。

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