動画サービスから起こるムーブメント 夏代孝明が語るアーティスト像とシーンの未来

夏代孝明が語るアーティスト像とシーンの未来

成長とともに求めるものも大きくなってきている 

ーー一方で、3曲目の「ジャガーノート」は、夏代さんの音楽が広がるきっかけを作ってくれたニコニコ動画のカルチャーに向けた気持ちが歌われた曲になっています。

夏代:ボーカロイドやニコニコ動画のカルチャーって、今はかつてのような勢いは生まれていない状態が続いていると思うんですけど、僕はあの場所が、そんな風に置き去りにされていくのが哀しいんです。僕が頻繁に動画を投稿していたのは『フィルライト』よりも前の頃ですけど、当時あの場所は登竜門のようなところになっていて、色んな人が、色んな音楽でしのぎを削っているような熱気がありました。でも、みんなそこから飛び出していってーー。

ーーいまやJ-POP/J-ROCKのシーンで活躍している人たちがたくさん生まれていますね。

夏代:でも、「それであの場所自体は、結局どうなったんだろう?」という気持ちがあったんです。みんなが各々自分の道を進んで、あの場所が空っぽになっているのが、僕はすごく気になって。たとえば、僕自身音楽のルーツになるバンドがいて、そのコピーバンドをはじめて、今では自分で曲を作るようになったように、それをボーカロイドで経験した人も、たくさんいると思うんです。だからこそ、その火を消してしまうのはもったいないし、自分自身が通ってきた道だからこそ、これからも色んな人が続いてくれたらいいな、と思っていて。この曲は、そんな気持ちを込めた曲なので、ニコニコ動画では自分のボーカルバージョンは公開せずに、ボカロ動画だけを上げて、自由に楽しんでもらえる方法で公開しました。

ーーそういう意味で言うと、次の4曲目「REX」も、夏代さんの「これまでの自分も大切にしていきたい」という気持ちが感じられる曲になっていますよね。

夏代:こういうギターロックは、僕がずっと得意としてきたことなので、今回も1曲は絶対に入れたいと思っていました。自分のことを昔から見てくれているリスナーの方も、こういう曲があればきっと喜んでくれると思ったし、僕自身、自分の曲で一番最初に浮かぶは、やっぱりこういうギターロックなんです。この曲では、逆境を巻き返すとき、最後の最後は自分自身を信じることが大事だと思う機会があって、その気持ちに絶滅寸前のティラノサウルスの一匹を重ねてみました。実は、最初の恐竜っぽい声も、僕自身の声なんです(笑)。

ーーえっ、そうなんですか……?!

夏代:これだけで3時間ぐらいかけました(笑)。小声で巻き舌で、「ガオー」と言ったものを改造して作っています。デモの時点で冗談で入れたものを、そのまま使うことにしたんですよ。

ーーそれは全然気づきませんでした。アレンジでもうひとつ面白い曲というと、「キャラメル」はサビで一気にエレクトロポップに変わる展開が楽しいものになっていますね。

夏代:この曲は、日本語でリズムをどれだけ刻めるかを考えつつ、ちょっとレゲエっぽさや、ひと昔前の洋楽感、それからサビのポップさを意識しました。僕の場合、これまで恋愛をテーマにした曲って、真面目な曲しか書いてこなかった気がしているんです。それもあって、もっと日常に溶け込むようなライトな恋愛の歌を書いてみたいな、と思って。次の「プラネタリウムの真実」は恋愛のドラマを書いた曲ですけど、「キャラメル」はもっと日常的な……おにぎりとかポテトチップスみたいなイメージです(笑)。でも、タイトルを「おにぎり」にするわけにはいかないので、「キャラメル」にしました。

ーーそういう意味で、ストリングスを加えた「プラネタリウムの真実」とはアレンジがまったく違うものになっているんですね。ちなみに、「キャラメル」ではボーカルがかなり重ねられていますよね?

夏代:地声を使ったメインが1本と、裏声がたぶん4本あって、コーラスも上下で4本重ねていると思います。サビでガラッと雰囲気が変わるし、音程の高低差もある曲なので、それをより強調したかったのと、あとは「日常的な恋愛」というテーマを生かすためにも、鋭く耳に刺さらないような雰囲気を出したいと思っていたんです。

ーー曲のテーマに沿うように、色んな工夫が行なわれているんですね。

夏代:やっぱり、僕は曲の中にある要素が足し算になっているのではなくて、掛け算になっているような曲を作りたいと思うし、そういう曲ができたときに音楽に楽しさを感じるんですよ。

ーーラスト曲の「君のいない夜」にも、冒頭にマーチングバンドのようなリズムが加えられていますが、これはどんなアイデアだったんでしょう?

夏代:これは、歌詞のテーマと直接関係があるわけではないですけど、僕は小説の『銀河鉄道の夜』がすごく好きで。この曲では銀河鉄道が夜空を走っているようなイメージを連想していました。それで、機関車の汽笛がなっているようなイメージから曲をはじめたかったんです。

ーーこのイントロ部分があることで、曲に幻想的な雰囲気が加わっていますね。

夏代:そうですね。純粋なバラードで、まるで星空が浮かんでくるような雰囲気で。歌詞の内容自体は、ひとり暮らしのワンルームで起こっていることをイメージしました。自分が学生だった頃のひとり暮らしの部屋って本当に狭かったんですけど、でもそこが、自分の宇宙というか、何でもできる場所のような感じもしていて。当時は「ここから色んなことがはじまっていくんじゃないか」と感じていました。でも、自分の未来に可能性を感じて、部屋を宇宙のように感じつつも、結局悩んでいることは、すごく小さいことだったりもして。その乖離を書きたいと思ったんです。そのときの自分の悩みや葛藤、恋愛、そして18~22歳頃まで暮らしていたあの場所は、自分のクリエイティブの根幹を作ってくれたんじゃないかなと思うので、アルバムの最後をこの曲にしました。曲自体は恋愛の歌ですけど、そういう意味では「原点回帰」のような気持ちを込めた歌でもあります。

ーー当時の夏代さんと今の夏代さんを比べてみると、どう感じますか?

夏代:どうなんでしょう?(笑)。もちろん、できることも増えましたし、手伝ってくださる方もたくさんいて、「僕はすごく恵まれてるな」と思うんですけど、課題に思うところは今もあって、当時と気持ちが大きく変わっているかというと、そうでもないんです。18歳ぐらいの頃は、誰にも自分の音楽を聴いてもらえなくて、「音楽を続けても、意味があるのかな」と思っていて。その状況は、確かに変わりました。でも、不思議なんですけど、その飢えのようなものって、満たされるわけでもないんです。きっと自分の成長とともに求めるものも大きくなってきているので、当時の僕が今の自分を見たら「十分でしょ」と思うにしても、今は今でやりたいことも一緒に膨らんできているんだと思います。

ーー『フィルライト』からの4年間は、夏代さんにとってどんな期間になりましたか?

夏代:思い返すと、本当に色々な経験ができた期間だったと思います。シングルを3枚出して、アニメのタイアップ曲では作品に寄り添って歌詞を書くことも考えましたし、制作の流れも変わりました。それに、『フィルライト』は「歌ってみた」のシンガーとしての夏代孝明を出したアルバムだったので、新しい挑戦というよりは、それまでの自分をまとめたような作品だったんです。でも、そこからシングルを出していく中で、「こういう制作のしかたもあるんだ」という気づきがあったり、イベントで来てくれた人たちと話している中で、「遠くに行っちゃうような気がする」と言われて、「じゃあ、僕発信でみんなに寄り添える曲を作ろう」と思って、それが「ユニバース」や「世界の真ん中を歩く」に繋がったりもして。そうしていく中で、自分自身が持っている負の感情や闇の部分が看過できなくなって、またそれが曲になっていきました。でも、すごく嬉しかったのは、そうすると、今度はリスナーのみんなが、僕に寄り添ってくれるようになったということで。僕の弱い部分を知ってくれたうえで、それでも僕や僕の音楽を好きでいてくれるというのは、本当に嬉しいことでした。そういう意味でも、今度はまた僕がみんなに色々なものを返していきたいですし、僕の音楽を聴いてくれるみんなとのコミュニケーションもより深まってきて、自分がやりたいことも、より明確になってきているような気がします。そんなことを感じた4年間でした。

ーーこれからに向けてという意味でも、とても大事な期間だったのかもしれませんね。

夏代:そうですね。今回『Gänger』を出して吹っ切れたような感覚がありますし、音楽を作っていくことがより自由に感じられるようにもなっているので、今はスポンジのように色んなことをどんどん吸収していきたいです。そのうえで、「これが夏代孝明だ」と分かってもらえるような音楽を、突き詰めていきたいと思っています。触れる音楽が多ければ多いほど、僕自身も新しくなっていけると思うので、これからも色んなことに挑戦していきたいですね。

(取材・文=杉山仁)

■リリース情報
『Gänger』
発売:11月14日(水)
※同日、配信サイト、及び定額制音楽配信サービスにて配信
【ウムラウト盤(初回限定)】¥3,200(税抜)
CD
・特別ブックレット[月面移住計画]
・アートポスター[Gänger]
・映画”End Roll”ダミーチケット / “プラネタリウム”ダミーチケット(ランダム封入)
・クリアスリーブ仕様
【通常盤】¥2,300(税抜)

■ツアー情報
『夏代孝明 ワンマンツアー「Fußgänger」』
2019年3月15日(金)
大阪・梅田 Banana Hall 
17:30 OPEN / 18:30 START
問合せ先:キョードーインフォメーション(0570-200-888)

2019年3月17日(日)
東京・恵比寿 LIQUIDROOM
17:00 OPEN / 18:00 START
問合せ先:SOGO TOKYO(03-3405-9999)

オフィシャルサイト

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる