アイドルの“株式会社化”はなぜ進む? 劇場版ゴキゲン帝国 白幡いちほが取締役会長になった理由

アイドルの“株式会社化”はなぜ進む?

――劇場版ゴキゲン帝国さんは、従来からも個人事業主としてやってこられたわけですが、株式会社にした意図はなんだったのでしょうか。

「いままではクリエイティブな面だけではなく事務作業も自分たちでやっていたんですが、規模が大きくなるとそれではまわらなくなってきてしまいます。会社組織にして自分の得意な分野に専念し、他の事務的なものはマネージャーさんにお願いしていく。株式会社にしたのは、単純にこの仕事の分担をしやすくするためでした。もっと重要な理由は、大きな仕事をしていくための信用をより得るためです。フリーでやっているとなかなか大きなイベントにも出してもらえないこともありました。そこは会社化すると取引先からの信頼も高まるというメリットがあります」

――やはり株式会社化は、武道館を目標とすることから必然的だった?

「そうですね。規模の小さいうちは、まわりの方々にいわば出世払い的な形でいろいろ助けてもらったのですが、だんだんライブをやる会場も大きくなり、仕事の幅もどんどん広がるにつれていろんな人たちと関係をもつようになり、そこは仕事として今まで以上にきちんとしないといけないと思いました。それに仕事の規模が大きくなるにしたがって、悪い人たちも寄ってくるし」

 アイドルをただ私利私益のための道具としてしか考えない「悪人」はこの業界でも多い。どのくらいの割合だろうか、という筆者の質問に対して、白幡は「一般論として」と前置きをして「売れると寄ってくる人たちの8割くらい」と笑顔で答えた。まるで「ほぼ全員悪人」の“アウトレイジ”のような世界である。もちろんいままでと同様に善意と熱意で仕事を共にする人たちが実際には大半だ。いわばアイドルの株式会社化は、新たに寄ってくる業界の「悪人」を選別・整理し、ほどよい関係でいる仕組みでもあるだろう。

 セルフ運営(個人事業主)から株式会社GOKIGEN JAPANを立ち上げた白幡がメンバーのアイドルたちに抱く強い思いは、単なる経営者を超えて、ともに生きていく場を獲得しようとする「人間のための経営」といっていいものだった。

――演者としての見方と経営者としての見方の視点に違いはありますか?

「特に意識はしたことがありませんが、やはりきちんと売れていかないとメンバーが死んでしまう。明日から生きるためのお金がなくなってしまうので、そこは責任をもってやらないといけないと思います。株式会社化して手掛ける仕事が大きくなれば、動くお金も当然に大きくなる。メンバーの人生がかかっているので、2021年に武道館に立つまでは少しも失敗できないなと思っています」

 メンバーの生きることに、白幡は強い責任を感じている。ここに日本企業に特有の経営家族主義的なものを見て取れることもできるだろう。また、それは同時に彼女たちの楽曲の中心メッセージである、人を支えたいという強い思いにもつながっている。

 ビジネスの側面でのゴキ帝の戦略もより具体的だ。まずその収益モデルのコアは、ファンも愛用するゴキ帝のTシャツの売り上げだ。従来のアイドルモデルの中心のひとつであったCD販売による収益ではなく、いわゆる物販を中心に組み替える展望を持っている。音楽配信はフリーにして、ライブの収益や物販の売り上げを核にするという欧米の音楽産業で生まれたビジネスモデルを徹底していくことになる。また最近でも行ったファンとメンバーとのバス旅行などのイベントも充実していくという。さらに、会社としては飲食店や老人ホームの経営など、アイドル運営の枠を超えたチャレンジングな構想もあるようだ。

 劇場版ゴキゲン帝国だけではなく、会社化、個人業主化したアイドルたちの活動は、いまの日本のアイドル市場を生き抜く注目すべき動向だ。東京オリンピックを超えた翌年、ゴキ帝が株式会社のメリットを最大限に活し、武道館に立つところを見てみたい。

【MV】君の名、誓いの夜/劇場版ゴキゲン帝国

■田中秀臣
1961年生まれ。現在、上武大学ビジネス情報学部教授。専門は経済思想史、日本経済論。「リフレ派」経済学者の代表的論客として、各メディアで発言を続けている。サブカルチャー、アイドルにも造詣が深い。著作に、『AKB48の経済学』、『日本経済復活が引き起こすAKB48の終焉』『デフレ不況』(いずれも朝日新聞出版社)、『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)など多数。『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社)で第47回日経・経済図書文化賞受賞。好きなアイドルは、櫻井優衣、WHY@DOLL、あヴぁんだんど、鈴木花純、26時のマスカレイド、TWICE、NGT48ら。Twitterアイドル・時事専用ブログ

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