堀込泰行、音楽を通して描く未来の可能性 KIRINJI 堀込高樹との関係性から考察

 堀込泰行は、本人がインタビューで説明する通り、時代性や音楽シーンの流行といった部分に意外なほど無頓着なミュージシャンだ。「僕の場合は、自分がかっこいいと思うものを磨きに磨いて、自分が満足できるところまで持っていければ、他人も楽しませられるだろう、という仮説でやってきていて。そのときに『今の時代はこうなんだ』とか『サウンドの流行はこう』っていうことに関して、あんまり興味がなかった」(参考:CINRA.NET 堀込泰行インタビュー)。彼にとっての音楽的な正解は、シーンや流行といった外側にあるのではなく、自分の内側から探り当てて見つけるものなのだ。

 こうした堀込泰行の音楽に対する姿勢を知るにつれ、KIRINJIとして活動する堀込高樹のことを連想せずにはいられない。堀込高樹は、新しい作品を発表する以上、これまでにないアイデアとサプライズが備わっていなくてはならないと常に意識するタイプのミュージシャンだ。「もうちょっと幅広いお客さんにアピールしたいし、名前がアルファベットに変わってメンバーも変わったことで、かつてとはここが違うとより明確に伝えられる内容にしないといけない」(参考:ナタリー KIRINJIインタビュー)と語る彼は、“次の一手”を絶えず模索する、サービス精神旺盛な作り手である。ラジオで過払い金請求のCMを聞き、「雲呑ガール」の歌詞に早速取り入れたというエピソードはいかにも彼らしい。また今年のインタビューでは、音像の重要性について「いまはダンスミュージック、ヒップホップが盛隆だし、そういう音楽に影響を受けたポップスも山ほどあって。たとえばサブスクでKIRINJIの曲を聴いたときに『音像がショボい』と思われるのは困る」(参考:KIRINJI堀込高樹が語る“サウンドを刷新し続けることの重要性”「最近の音楽は未知で驚かされる」)とも述べている。何と対照的な兄と弟だろうか。現役のバンドとして、いまの音楽シーンや聴き手の環境(サブスクリプションサービス)、過払い金請求のCMとも呼応しながら楽曲を作っていく姿勢が、KIRINJIの存在を活気あるものにしているといえる。

 確かに、兄弟のこうした姿勢の差は特徴的だが、『What A Wonderful World』はいまの音楽シーンから隔絶した孤高のサウンドでは決してない。本作を特徴づけるのは何より、外部からプロデューサーを起用して作り上げた、現代とリンクした新鮮なサウンドと若々しさなのだ。堀込泰行自身、今回のアルバムで蔦谷好位置やGENTOUKIの田中潤とコラボレーションした背景には、作品にコンテンポラリーな要素を持ち込んで変化させてほしいという期待があったとインタビューで説明している。「アンテナの張り具合も僕とは全然違う」「自分にないものを持っている2人」(同上CINRA.NETインタビュー)を呼ぶことで、いまの音楽シーンにリンクする新しいサウンドを加味しようという意図があったのだ。

 外部の空気を入れながら楽曲を作るという姿勢は、EP『GOOD VIBRATIONS』で若手グループのD.A.N.やWONKとコラボレーションした経験が大きいようである。わけてもWONKはアレンジの途中で、曲のコード進行まで変えてしまったようだが(エンタメステーション 堀込泰行インタビュー)、こうした変更も受け入れた前作の制作過程が、『What A Wonderful World』の風通しのよさにつながっているだろう。自分にない要素をプロデューサーから吸収するアイデアも、作品をよりポップに化学変化させる要因となったのではないか。今作に感じたフレッシュさは、あらたなコラボレーションによってもたらされた部分が大きいのかもしれない。

 かくして『What A Wonderful World』は、堀込泰行らしさがより新鮮に打ち出されたアルバムとなっている。たとえば「スクランブルのふたり」から感じられる、あふれるような若々しさはどうか。〈俺の未来をつかまえるんだ〉という前向きな歌詞は、跳ねるようなピアノ、軽やかな旋律を奏でるオルガンの音色もあいまって、まるで二十代の青年が歌っているかのような錯覚を起こしてしまう。なぜこのように躍動感のある楽曲が作れるのか。KIRINJIが〈あと何曲、曲作れるか/あと何回、食事できるか/今日が最期かもしれないんだ〉と人生の残り時間について歌い(「時間がない」)、妻の白髪を愛おしく思う歌詞(「silver girl」)を書くなど、“老い”をテーマとして扱うのとは逆に、堀込泰行にはまだどこまでも広がる未来が見えており、それをつかまえたいというポジティブな気持ちを持ち続けている。

 こうして充実したアルバムが発表されると、11月にKIRINJIと堀込泰行が揃う「20th Anniversary Live『19982018』」が本当に楽しみになってくる。おそらく同公演にて披露されるであろう、このアルバムの楽曲を思うと、いまから胸が高鳴って仕方ないのだ。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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