冨田勲が“日本テクノ界の始祖”と呼ばれるまでの軌跡 幻の音源から創作の原点を紐解く

冨田勲の“創作の原点”を紐解く

 さて、今回の『MISSING LINK of TOMITA』は、先に述べたように冨田が日本コロムビアに遺した貴重な初期音源を集めたものである。企画・構成を担当したのは、黎明期から冨田勲の音楽を追い続けてきた鈴木宣孝氏。彼が長年にわたり収集整理してきた音源の研究成果を基に編纂されている。

 冒頭を飾るのは、記念すべきレコードデビュー盤となった子供のための童謡「愉快な町の風船や」。歌っているのは、由紀さおりの姉としても知られる歌手、安田祥子とひばり児童合唱団。冨田が慶大在学中に手がけたものである。コロムビアオーケストラによる「ブルースカイ」は、のちの『ジャングル大帝』をも彷彿とさせる雄大なテーマが印象的。また、『リズムと身振り遊び・リズム運動レコード』の一連の楽曲では、楽器をまるで効果音のように用いるなど、おそらくディズニー映画のサントラなどから受けた影響を反映させており、これも手塚作品の音楽へと引き継がれている。

 さらに、当時ジャズやゴスペルなどもレパートリーとしていたコーラスグループ、デューク・エイセスが歌う「十羽の烏」(劇『そして誰もいなくなった』主題歌)は、パーカッションの取り入れ方や和声の積み方など黒人音楽からの影響も感じられ、冨田が様々な音楽スタイルを貪欲に吸収していたのがうかがい知れて興味深い。

 中でも貴重なのが、アルバムの最後に収録された「愛 《コムポジション-習作》」だ。創作ダンスのための音楽として1974年に制作されたこの曲は、モーグ・シンセサイザーとコロムビアオーケストラの協奏曲。モーグを導入した冨田が、『月の光』の前にリリースした音源としては、TBSブリタニカ発行の世界子供百科付録の2枚組ピクチャーLPアルバム『音楽ってたのしいな』(1972年)の中で発表した「銀河鉄道の夜」や、CBSソニーからSQ-4方式4chステレオ作品としてリリースされた『スイッチト・オン・ヒット&ロック』(同年)くらい。『月の光』のレコーディングは、1973年から1974年にかけて行われていたというから、「愛 《コムポジション-習作》」はその合間に作られたわけだ。2つの作品を聴き比べてみると、モーグの音色やその重ねられ方など、試行錯誤を繰り返している冨田の姿が想像できてなんとも感慨深いものがある。

 本作のタイトルは“トミタのミッシングリンク”。この「愛 《コムポジション-習作》こそ、「映像音楽の作曲家」としての冨田勲と、「シンセサイザーアーティスト」としてのイサオ・トミタを結ぶ、ミッシングリンクといえるだろう。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。

『MISSING LINK of TOMITA ~冨田勲 日本コロムビア初期作品集 1953-1974~』

■リリース情報
『MISSING LINK of TOMITA ~冨田勲 日本コロムビア初期作品集 1953-1974~』
5月23日(水)発売
価格:¥3,000+税

<収録曲>
01 愉快な町の風船や    
安田祥子 ひばり児童合唱団 コロムビアオーケストラ (1953年3月 C-169)
02 おいでよピーターパン    
土屋道典 ゆりかご会 コロムビアオーケストラ (1953年10月 C-203)
03 ブルースカイ    
コロムビアオーケストラ (1954年6月 AK-328)
04 舞踊音楽劇「みにくいあひるの子」(一)あひるたちのうた
土屋道典 ひばり児童合唱団 コロムビア女声合唱団 コロムビアオーケストラ(1954年11月 C-280)
05 舞踊音楽劇「みにくいあひるの子」(二)白鳥のうた、みんなのうた
安田祥子 土屋道典 ひばり児童合唱団 コロムビア女声合唱団 コロムビアオーケストラ(1954年11月 C-280)
06 旅を行く    
コロムビアオーケストラ (1955年6月 AK-393)
07 海底の幻想    
コロムビアオーケストラ(1955年7月 AK-402 リズムと身振り遊び・リズム運動レコード 第三集)
08 春の幻想    
コロムビアオーケストラ(1956年6月 AK-530 リズムと身振り遊び・リズム運動レコード 第四集)
09 花の一生    
コロムビアオーケストラ (1959年8月 AK-620 中学校ダンスレコード 第一集)
10 海のファンタジー    
コロムビアオーケストラ (1960年4月 C-571)
11 夢の旅行    
コロムビアオーケストラ (1961年7月 BK-46 小学校リズム遊び・リズム運動 第3集)
12 うたのえほん/NHK『うたのえほん』主題歌    
スリー・グレイセス コロムビアオーケストラ (1961年11月 SC-60)
13 二つの橋/NHK『二つの橋』主題歌
森サカエ コロムビア合唱団 コロムビアオーケストラ (1962年10月 SA-980)
14 十羽の烏/劇『そして誰もいなくなった』主題歌
デューク・エイセス コロムビアオーケストラ (1963年5月 SAS-24)
15 ほたる
冨田勲指揮 杉並児童合唱団 コロムビア管弦楽団(1965年2月 ELS-1 教出の音楽鑑賞レコード 小学校用 第1学年)
16 お月さまの見た話
真理ヨシコ コロムビア女声合唱団 コロムビアオーケストラ(1965年9月 KKS-15 こわれたおもちゃ―武鹿悦子作品集―)
17 春 春 春がきたよ
東京放送児童合唱団 コロムビアオーケストラ(1966年5月 KM-159 教出《標準音楽》教材レコード たのしい小学生の歌)
18 大雨の町    
新室内楽協会 (1970年8月 K-137 小学校ダンス)
19 変化する自然   
新室内楽協会 (1970年8月 K-138 小学校ダンス)
20 トッピンポウとピンピクリン
斉藤昌子 新室内楽協会 (1971年10月 KKS-4027 NHKテレビ・うたのえほん第12集)
21愛 《コムポジション―習作》    
モーグ・シンセサイザーとコロムビアオーケストラ
(1974年1月 BKK-109~110 中学・高校・大学及び一般のための創作ダンス =ダンスイメージと創作過程=)
作曲 冨田勲  (初出年月、商品番号)

冨田勲 公式サイト

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