三宅彰×加茂啓太郎対談 2人が考える“音楽プロデューサーの役割”

三宅彰×加茂啓太郎語る“プロデューサーの役割”

「一番大事なことが一番保証にならない」(三宅) 

ーーフィロソフィーのダンスは名曲の引用もしていますが、宇多田さんの「甘いワナ」はThe Rolling Stonesの「Paint it black」を引用して印税を取られたエピソードがありますね。

三宅:狙ってやってるから、向こうに申請を出したんですよ。そしたら「いいよ、その代わり印税の半分をくれ」って言われて。もう一個言われたのが「クレジットするな、印税だけ払え」って。だから誤解を受けて「勝手に使ってる」って言われてるんですけど、きちんと権利関係はクリアしてるんですよね。

ーー「甘いワナ」を収録した『First Love』が870万枚も売れたので額が大きくなったわけですね。

三宅:よく知ってるね(笑)。

加茂:フィロソフィーのダンスはメロディはパクってないですね。アレンジに著作権はないからアレンジのオマージュは多いですけど。

三宅:気をつけなくちゃいけないのは、今はアレンジの雰囲気が似てるっていう理由で訴えられて、莫大な金額を取られてることだよ。昔はインターネットがなかったけど、今はどこの国でやってもすぐわかる時代になったから。

加茂:ナイル・ロジャースに訴えられますね(笑)。

ーーそういう点は、メジャーだとレコード会社がリスクヘッジをやってくれるはずですよね?

三宅:本来そういうことをしっかりやるべきだと思うんですよね。レコード会社がきちんとあって、そこでアーティストが安心してものづくりだけのことを考えられるようにするべき。東芝EMI自体が基本的にアーティストファーストの会社でしたから、きちんとしてあげようと思っていましたね。

加茂:メジャーの存在意義は、セーフティネットとしての機能ですね。インディーズだと会社がいつ潰れるかわからないし、契約書もどうなってるのかわからないけど、メジャーはちゃんとしているのでセーフティネットとしては意味があるでしょうね。

ーーメジャーの意味というのは、クリエイティブの環境がしっかりしていて、かつセーフティネットとしてもちゃんと機能していることだと。

三宅:その両方を兼ね備えてるのが一番いいところですね。

ーーそれを実現しているメジャーのレコード会社ってどのぐらいあると思いますか?

三宅:昔は全部のレコード会社がそれをやっていましたよ。それが今は組織も大きくなったし、たくさんの要素があるんですよね。昔はアナログ1枚を出せば良かったけど、今はCDを出したり、配信やサブスクもやったり、それを全部ミスがないようにやるのって大変だと思いますよ。

ーー他に大きく変わったところといったら何でしょうか?

加茂:予算管理でしょうね。レコード会社って特殊な業態だと思うんですよ。普通の企業って、宣伝は代理店に任せますけど、レコード会社は宣伝部があって、直接小売に行ってプロモーションするのも特殊な業態だし。レコーディングなんて、やってみないとわかんないこともあります。それなのに一般企業と同じような予算管理システムが一律に入ってきているから、レコード会社独特の業態との相性が悪いんですよね。

三宅:でも、今の時代は管理して当たり前だと思うんだよ。さっき言ったことと矛盾してるかもしれないけど、どんどん無駄を出せって言ったものの、それは個人のパワーだと思うんだよね。「予算100万円でやりましょう」って言われてやるにしても、どうしてもいいものを作るためにやり直してみて150万円いることになったとき、その50万円の差を上司に掛けあって何とかするパワーが今はないんですよ。みんなお行儀よく予算を守っちゃうんですよ、98万円くらいで。

加茂:あとは予算を超える請求書は、ブロックされてまったく通らないとか。

三宅:「売るから予算を出してくれ」っていうのをしないんですよ。それがもし失敗したら自分の身が危ないから。たとえばアーティストを売り込みに行くじゃないですか。今は手が挙がらないんですよね。売れる見込みが保証されてるんだったら挙がるんですよ。純粋に「才能だけ見てくれ」って言ったら誰も手を挙げない。「YouTubeでこれだけ見られてますよ」とかじゃなくて「いい音楽やってる」というところで手が挙がるようになればいいなと思うんです。

加茂:そう思いますよ。上に「お前これ売れるのか」って言われて「才能あるんですよ」って言っても「そんなの保証になんねぇよ」って言われちゃうとね。

三宅:一番大事なことが一番保証にならない。銀行と一緒ですよね、「担保どのくらいだ、土地持ってるのか」って。「土地は持ってないけど将来なんとかできます」と言うと「それじゃダメだな」って言われちゃう。でも、音楽はそうじゃないんですよね。

加茂:僕はブルーハーツを新入社員の時に追っかけて、最初誰も見向きもしなかったんですよ。でも、みるみる人気が上がってきて、各社争奪戦になって。

三宅:その時にはみんな手が挙がるんですよ。手が挙がるタイミングはみんな一緒。何社とか十何社とかが争奪戦をしたっていうのは、手が挙がるタイミングが同じだからなんですよ。みんなが自由に物を言える風土を作ってあげないといけないんだよ。予算を管理するのも大事だけど、それを破ることも大事なのね。やっぱりレコーディングはお金がかかるもん。いいものやろうとすると実験するし、「じゃあこれもう一回やろうか」とかいうのがレコーディングだから、それはお金がかかりますよね。

ーーフィロソフィーのダンスのクラウドファンディングが大成功したのも、ファンの人たちが一流ミュージシャンによる生バンドのライブを見たいと思ったからですしね。

加茂:屋形船ツアー3万円50人分が、2分で即完でしたからね。

三宅:それ、何するの?

加茂:2時間メンバーと一緒に屋形船に乗って、メンバーにカラオケを歌わせて、ちょっとお酌させて、一緒に写真も撮って。

ーーフィロソフィーのダンスのクラウドファンディングのリターンは良心的ですよね。前回なんて、奥津マリリさんに作詞作曲してもらえる権利がたった3万円で驚きましたし。

加茂:低めにしています。アイドルファンって高めに設定しても払ってくれるけど、それは不健全だからフェアトレード価格に設定したつもりです。

ーーレコーディングの時にクラウドファンディングをやれば良かったという感覚にはなりませんか?

加茂:レコーディングに関しては今やりたいことはほぼほぼできているので、逆にビデオの制作とかに必要ですね。インディーズのアイドルはだいたい30万円とか40万円で作っていますし、200万円以上使えるのはメジャーでも今はなかなかないですから。

三宅:昔と違うよね。デジカメやiPhoneで撮れるもんね。昔は300万円ぐらいだったでしょ。CGを使ったらすぐはねあがるじゃん。

加茂:お金を使わないとできないこともいっぱいありますしね。

ーー今のレコード産業は1980年代ぐらいのスケールに戻っているという説もありますが、1980年代より明らかに窮屈になっているイメージもあります。なんでそうなっているんですかね?

三宅:人が増えたんじゃない? 会社も増えたし。当時レコード会社と言ったら大手数社ぐらいしかなかったんじゃないの?

加茂:新入社員の時、ユーミン(松任谷由実)の『VOYAGER』(1983年LP、85年CD発売)が出て、30万枚売れたから大ヒットだと言っていて、今と同じですよ。

ーー宇多田ヒカルさんの1999年の『First Love』の870万枚以上というアルバムセールス記録はいまだ破られていません。CDバブル末期とはいえ、なぜあそこまで売れたと思いますか?

三宅:それだけ時代に合ってたんじゃないですか。でも、理由なんてあまり考えたことないんですよ。はっきり言うと、100万枚は売りたいなと思ってたんですよ。そこから先はわかんないですよ。250万枚なのか300万枚なのか。でも、「100万枚ぐらい売れてもいいんじゃないの」って思ってましたよ。

ーー『First Love』のとき、三宅さんのプロデュースの中で一番重視したことはなんでしょうか?

三宅:良い音楽を作る。そこは妥協せずに、でも期限は守って良い音楽を作ることでしたね。

加茂:それは僕も同じです。良い音楽を作りたいためにこの仕事をしてるだけだから。

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