鳥取砂丘でサンプリングも……堤博明が語る『クジラの子らは砂上に歌う』劇伴制作秘話

『クジラの子らは砂上に歌う』劇伴秘話

作曲家人生の転機となった、初の海外録音と約60人編成オーケストラ

ーー今回、ドイツと東京の2カ所でレコーディングされたそうですが、そもそも海外で録音しようと思った意図とは?

堤:原作は海外でも人気があるので、今後の展開を考えた時に、“世界の音”として通用する劇伴にしたかったんです。これまで、日本在住の外国人アーティストとお仕事したことはありましたが、海外に行ってのレコーディングは初めてでした。

ーー初めて海外でレコーディングを経験して、感想はいかがでしたか?

堤:最初は、緊張で頭が真っ白でした。映画音楽専用のスコアリングステージで約60人編成のオーケストラを録ったんですが、1音出た瞬間にものすごく鳥肌が立ちました。自分が日本で書いた音符が、海外で音になっていることに、すごく感動しました。

ーースコアリングステージは、日本の録音環境と比べて具体的にどう違うんでしょうか?

堤:まず、場所がすごく広いんです。日本で今回のサウンドを録ろうとすると、ホールくらいの広さが必要になりますが、ブースや録音環境が整っているようなホールだと、すごく限られてしまいます。スコアリングステージは環境がかなり整っていましたし、だからこそ録音バランスもとてもいい。天井に吊るされている2本のマイクだけでほぼ録りが完成してしまうレベルで、その他のマイクは微調整くらいにしか使っていません。

(C)梅田阿比(月刊ミステリーボニータ)/「クジラの子らは砂上に歌う」製作委員会

ーーそれはすごい……!

堤:逆に、そういった環境に合わせたオーケストレーションをするのが大変でした。今回は、在英の作曲家・指揮者であるヤマモトユウキさんに、スコアの書き方など色々とアドバイスしていただきました。

ーースコアの書き方でいえば、普段とどういった違いがありましたか?

堤:Disc2のM16「流刑の民の選択」は、ドイツ録音用に最初に作った曲なのですが、元は6/8拍子の細かい譜割りで作っていたんです。でも、その譜割りだと指揮で合図が出しにくく演奏者も解釈をしづらいということで、4/4拍子の3連譜中心の表記に修正しました。4/4拍子だと全体の音の取り方がゆったりとするので、もしかしたら、海外の方が譜面割りを大きな流れで捉えているのかもしれません。日本だと、どちらかといえば流れではなく点で細かく捉えていく様な印象です。

ーーオーケストラの編成も、60人とかなりの数ですよね。

堤:こんなに大人数でやったのも初めてでした。正直なところ、音大生時代に管弦楽法の授業の単位を落としたこともあって、オーケストラにはずっとコンプレックスを抱いていたんです。でも、今回初めての海外、初めての60人編成ということで、自分の中では大きな転機になりました。

演奏陣には、バンドメンバーや音大の同級生が集結

ーーところで、堤さんの音楽的なルーツについても聞きたいのですが、特に影響を受けた劇伴作家はいますか?

堤:今思えばですが、幼い頃から自然と影響を受けているのは久石譲さんですね。4〜5歳くらいの時に、『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体』(NHK総合)のテーマ曲だった「THE INNERS~遥かなる時間(とき)の彼方へ」を聴いて、感動して泣いてしまったのを鮮明に覚えています。それが、初めて音楽で涙を流した体験でした。その曲がずっと忘れられないので、インストで一番のルーツ、原体験になっているのは、久石さんの「THE INNERS~遥かなる時間(とき)の彼方へ」です。

ーー中学生になってギターを始めてからは、どういった音楽を聴いていましたか?

堤:その頃は、GLAY、L’Arc-en-Ciel、B’zにガッツリハマっていて、GLAYはファンクラブに入っていたくらいです。ギターを始めると同時に、ジャズギタリストの鈴木よしひささんに弟子入りしまして、それからはラリー・カールトンやパット・メセニーといったフュージョンに傾倒していきました。同時に、HelloweenやRacer Xみたいなメタルも大好きでしたね。最終的には、スティーヴ・ヴァイが一番好きになりました。

ーーその後、音大時代に始めたというインストバンド・Shikinamiは、ヒーリング系でガラリと雰囲気が変わりましたよね。

堤:僕が通っていた国立音楽大学に「即興演奏法」という授業があって、そこでピアノの野口 明生さんと出会ったんです。彼と話が合って、「白須君っていう素敵なバイオリニストがいるから、一緒にバンドやらない?」と誘って、ピアノ、バイオリン、ギターのスリーピースバンドを始めることになりました。メンバーがかなりの映画好きでサントラも詳しかったので、色々と教えてもらってサントラの魅力を知っていきました。

ーーバンドメンバーのおふたりも、今回の劇伴に参加されていますよね。

堤:はい。これまでの劇伴でも彼らに参加してもらうことはありましたが、バイオリンの白須 今さんには、今回初めてストリングスのトップをお願いしました。ピアノの野口明生さんには、笛全般で参加してもらっています。

ーーバンドメンバーが全員揃うサントラというのも、なかなか珍しいのではないでしょうか。

堤:あまりないですよね(笑)。しかも、今回はそのふたり以外にも、 多くの音大の同級生に参加してもらっているんです。すごく楽しい現場でした。ドイツでは壮大なサウンドを録ったんですけど、日本では繊細な感情の移り変わりをカバーしないといけなかったので、「細かい要望をスムーズに伝えられる」という基準もあって、仲が良くて自分の音楽をわかってくれている人選になりました。信頼感やコミュニケーションのスピード感が肝だったんです。

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