ジャズにおけるアンサンブルの魅力ーー柳樂光隆がグレゴリー・ポーターらの新譜から解説

Alan Ferber Big Band『Jigsaw』

 ヴィンス・メンドーサと同じような時期に、同じ<サニーサイドレコード>からリリースされたビッグバンド作品もここで紹介しておきます。

 アラン・ファーバーはトロンボーン奏者としては、ネルス・クラインの『Lovers』やポール・サイモンの『Stranger to Stranger』にも参加している敏腕で、かつラージアンサンブルの作曲家としても近年大きな注目を集めている人。

Alan Ferber Big Band『Jigsaw』

 非常に個性的な曲を書く人で、ギターが効果的に使われていたり、スウィングというよりはロックっぽいビートが多かったり、かっこよくアウトする感じのフリーキーな雰囲気がちらっと一瞬顔を覗かせたりするのもあり、僕のイメージだとわりとジャズロック系。マイク・ウエストブルック、ニール・アードレイやマイケル・ギブスなどの70年代のUKジャズロックを思い出したりもします。あとは、若干のアンダーグラウンドっぽい不穏な音使いやメロディセンスがあったりするあたりは、80~90年代のNYの先鋭的なジャズシーンを思わせる。ロックではなく、ジャズミュージシャンによるロックサウンドという雰囲気があるのも不思議な懐かしさがあります。

 と同時に、ハーモニーはすごく凝っていたり、リズムも変拍子だったりと、昔のジャズロックとは全然違うアップデートされた洗練された部分がかなり多いのも面白い。ビッグバンドの中でもいろんな試みをしている人がいることがわかる好例。こういうアンビバレンツな魅力がある作曲家もなかなかいないので、一度聴いてみてください。

 ちなみにサックスにはマーク・ジュリアナのジャズバンドのジェイソン・リグビーや、ケンドリック・スコット・オラクルのジョン・エリスがいたりします。

Phronesis『The Behemoth』

 最近、僕が出したコンピレーションCD『Jazz The New Chapter - The Frontline Of UK Jazz』のように、いま、UKのジャズはめちゃくちゃ面白い。GOGO PENGUINのように話題になっているバンドもいるし、もともとジャズとほかのジャンルとの距離が近い国なので、ジャンルの混ざり具合もUSと全然違っていて、そこからリチャード・スペイヴンのような才能が出てきたするのも面白い。その中でも個人的にすごく気になっているのが、Phronesisというピアノトリオで、このバンドはある意味で、GOGO PENGUIN的なジャズのフォーマットでエレクトロニックミュージックの要素を取り入れたサウンドをプレイするスタイルのUKでのパイオニアのひとつだと思っています。彼らが2010年に出したアルバム『Alive』で、マーク・ジュリアナがドラムを叩いてるあたりからも、その狙いは明らか。ちなみにマークの参加はこの1作のみです。GOGO PENGUINとの違いは、即興要素が強いのと演奏がソリッドで柔軟性が高いこと、よりジャズに近いことでしょうか。そのPhronesisがフランクフルト・レディオ・ビッグバンドと共演した最新作が素晴らしいです。

Phronesis『The Behemoth』

 今作はPhronesisが過去に録音してきた曲を、アレンジ違いでセルフカバーしたものでもあり、ビッグバンドの分厚いホーンのサウンドの壁があることで、Phronesisのバンドとしてのクールでソリッドな音像や音響性がより際立ったり、同時にそのホーンの壁と溶け合うことでこれまでには見えてこなかった柔らかさみたいなものが見えてくる。さらに、かっちりアレンジされたこと、様々な楽器がメロディを彩ることでピアニストのイヴォ・ニーマが書くメロディの魅力が浮かび上がってきて、非常に興味深いものになっています。個人的には、ビッグバンドという装置の有用性みたいなものを感じた一枚でもあります。

カマシ・ワシントン『Harmony Of Difference』

 最後に少しだけ、カマシ・ワシントンの話を。彼のバンドも大人数によるアンサンブルものとして聴いてみるとまた別の魅力が見えてくると思います。

カマシ・ワシントン『Harmony Of Difference』

 もともとジェラルド・ウィルソンのビッグバンドに在籍していて、ジェラルドに教えを請うていたり、アンサンブルへの関心が強く、作編曲への意識が強いカマシ・ワシントン。ここでは対位法がテーマだと言っているのがなかなか興味深いんです。対位法をそのままやるというよりは、対位法的な「複数の主従関係のないラインがいくつも同時に演奏されている状態」のような考え方だと思って聴くとわかりやすい。もちろん、強力なメンバーのソロも魅力ですが、よくよく聴いてみると、いろんなところで個々のプレイヤーの演奏が目立って聴こえてくる部分がたくさんあって、それが目まぐるしく入れ替わりながら、いろんな形で全員に平等にスポットが当たっているような状態が多い気がします。楽曲の構造上、脇役が誰もいない状態でありながら、その上で前に出て即興演奏を披露するソロのセクションも個々に与えられています。主役の一人に対して、それをサポートするように従属的に演奏するというよりは、全員が個々に様々な演奏をしていく中で、作曲や編曲でソロではないものの、その演奏家が輝ける場面をきわめて自然に作り上げているように聴こえます。ドラムがロナルド・ブルーナー・ジュニアとトニー・オースティンの2人、鍵盤がピアノのキャメロン・グレイヴスとキーボードのブランドン・コールマンの2人、ベースはマイルス・モーズリー1人だけど、キーボードのブランドン・コールマンは時にシンセでベースの役割も演じます。

 こういったリズムセクションの演奏でさえも所々できらっと輝いて聴こえてきて、耳に飛び込んでくる。こんなに平等で、それぞれのミュージシャンが伸び伸びと個性を出しながら演奏しているのに、楽曲はものすごくまとまりがあって、美しささえ感じる。全く違うキャラクターや能力を持った個が集団に対してどう貢献していくか、集団としてある中でどうやって個を縛らずに輝かせるか。カマシ・ワシントンは言葉を使わずに、音楽だけで、現代に対して一つのメッセージを出しているような気もしてます。「Truth」という楽曲には、それが凝縮されているように思えます。

■柳樂光隆
79年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに寄稿。カマシ・ワシントン『The Epic』、マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー『Everything's Beautiful』、エスペランサ・スポルディング『Emily's D+Evolution』、テラス・マーティン『Velvet Portraits』ほか、ライナーノーツも多数執筆。

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