白熱する「ポストEDM」論争 サマソニやULTRAから読み解く、分岐点を迎えたシーンの現状

白熱する「ポストEDM」論争を読み解く

 では「ポストEDM」という言葉の実像とは何か?

 筆者が考えるに、それは「ロック」における「ポストロック」と同じイメージなのではないか? と思うのだ。端的に言うと「音圧重視、ビルドアップからドロップの展開でアゲアゲの盛り上がりを作る」というビッグルームやバウンス(=狭義のEDM)のお決まりの方法論に対して飽きを感じた人が、違うテイストのサウンドを求めた結果なのではないか、と。つまりギターリフやパワーコードを用いて音圧重視のわかりやすい迫力を打ち出して大衆化、スタジアム化していった80年代の「ハードロック」と、よりアンサンブル主体でテクニカルな音色や響きを追い求めた90年代後半以降の「ポストロック」の関係が、やはり「EDM」と「ポストEDM」に成り立つのではないか、と思っている。

 そういう意味で興味深い存在が、ニューアルバム『A Moment Apart』を全米3位に送り込んだシアトル出身の2人組、ODESZAだ。

 2012年、ハリソン・ミルスとクレイトン・ナイトの2人によって結成された彼ら。同年9月に1stアルバム『Summer's Gone』をフリーダウンロードでリリースすると、当時大きな影響力を持っていた音楽メディア『The Hype Machine』で取り上げられ注目を集めた。そして2014年の次作『In Return』でさらに評価を高めることになる。

 同作で彼らが打ち出した方向性は、まさに「音圧重視」「盛り上げ重視」のサウンドが主流だった当時のEDMシーンにとっての、次のトレンドを示すものだった。たとえば収録曲「Say My Name (feat. Zyra)」や「Sun Models (feat. Madelyn Grant)」を聴けば、そのサウンドがその後のシーンの潮流に大きな影響を与えたことがわかる。たとえば軽いタッチのシンセパッド。たとえばピッチを上げてカットアップされたボーカル。その後、カイゴのデビューを経て、現在のグローバルなヒットチャートに広まっていったテイストが見て取れる。

 Spotifyのプレイリストでは、ODESZAのようなサウンドは「チル」という言葉と共に紹介されることが多い。つまり、激しく踊るためではなく、ソファや芝生や砂浜でゆったりとリラックスするための音楽という意味だ。そして、トロピカルハウス以降のここ最近シーンの動きを見ていると、「EDM」という言葉がそういうテイストも含むよう拡張してきた感がある。ODESZAはそういう動きの先取りだったと位置づけることもできる。

 そして、そんな彼らがニューアルバム『A Moment Apart』で打ち出したのは、ソウルフルでアトモスフェリックな歌の美学。特にRY Xをフィーチャーしたアルバムのラストトラック「Corners Of The Earth」は、Sigur Rosを彷彿とさせるような美しく壮大なハーモニーを聴くことができる。まさしく(「ポストロック」的な意味での)「ポストEDM」的な音楽性である。「Across The Room (feat. Leon Bridges)」や「Line Of Sight (feat. WYNNE & Mansionair)」など、スケールの大きなメロディとファットなブレイクビーツからなる曲調も印象的だ。

 Spotifyなどのストリーミングサービス、そしてULTRAなどの大規模な野外フェスが共に拡大してきた2010年代。「リスニング」と「ライブ」とが乖離し、それぞれの環境にチューンナップされた音楽が徐々に浸透しつつあるのがここ数年のEDMシーンの流れでもある。“次”がどうなるかは筆者にもわからないが、どうやらシーンが分岐点を迎えていること、そしてODESZAのヒットが象徴するように、新たな刺激が待ち望まれていることは間違いなさそうだ。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

ODESZA『A Moment Apart』

■リリース情報
ODESZA『A Moment Apart』
発売中
国内盤:¥2,200 (+税)

<収録内容>
01. Intro
02. A Moment Apart
03. Higher Ground (feat. Naomi Wild)
04. Boy
05. Line Of Sight (feat. WYNNE & Mansionair)
06. Late Night
07. Across The Room (feat. Leon Bridges)
08. Meridian
09. Everything At Your Feet (feat. The Chamanas)
10. Just A Memory (feat. Regina Spektor)
11. Divide (feat. Kelsey Bulkin)
12. Thin Floors And Tall Ceilings
13. La Ciudad
14. Falls (feat. Sasha Sloan)
15. Show Me
16. Corners Of The Earth (feat. RY X)

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