ベン・フロスト、傑作誕生の理由 スティーヴ・アルビニとの共同作業から探る

ベン・フロスト、傑作誕生の理由

 今のところフロスト、アルビニとも今作の制作工程について何もコメントを発しておらず、実際にどのように作業が行われたのかは不明だが、日本盤発売元のTrafficのHPには、おそらく<Mute>が作成したと思われるプレス・リリースの興味深い情報が記載されている。

「約2週間を超える期間に制作された、今まさに崩壊しそうなくらい膨大に膨らんだ音の塊を、ガランとしたスタジオの中に並べられたアンプ群に流し込んだ途端、スピーカーの方がぶっ飛んだのだった。またスタジオのガラスの向こう側では、アルビニがスタジオで演奏された音源を縦横無尽にぶった切っていった。」

 これを読む限り、今作の制作工程は、フロストがスタジオでシンセサイザーやサンプラーなどを駆使し緻密に積み重ね作り上げた電子音の塊を、ラインから直接PCに録音するのではなく、実際にアンプから、スピーカーが吹き飛ぶほどの爆音で鳴らしアナログ録音していく(アルビ二のスタジオでの作業はすべてアナログ・レコーディングで行われる)という作業だったのではないだろうか。つまりフロストの電子音楽をアンプを通し、エレクトリカル・オーディオ・スタジオのライブなアンビエンスの中に解き放つことが重要だったということだ。かつてエレクトリカル・オーディオで録音したことのあるART-SCHOOLの木下理樹は、同スタジオの音響特性についてこう語っている。

「すごく天井が高くて、ヘヴィで硬質なんだけど広がりもあって、あとから人工的なリバーブをかけなくても、ナチュラルでいいリバーブ感があるんです。アンプをセッティグして機材を選んで鳴らして、その音をコントロールルームで聴いたときに、もう理想の音が出来ていると思った。ああいう音が鳴るように作ってあるスタジオなんですね」(『Baby Acid Baby』ライナーノーツより。聞き手は引用者)

 フロストが欲しかった音、これまでの自分の作品に欠けていると感じていた音が、この「ナチュラルなリバーブ感」であり、PC内で完結する密室的な作業では決して得られない、ロックの爆音ライブさながらの音響だったのではないか。そして前作『A U R O R A』よりも、今作『The Centre Cannot Hold』の方が、そうした荒々しくも生々しいエネルギーがより強く感じられるのである。

 さらに前述の「アルビニがスタジオで演奏された音源を縦横無尽にぶった切っていった」というくだりもまた、きわめて興味深いものだ。というのも、アルビニのレコーディングにおけるポリシーは、余計な口出しは一切せず、バンドのありのままの演奏、音楽性を色づけせず録ることであり、もしアルビニがフロストの音源を「縦横無尽に」エディットしたのであれば、それ自体がきわめて異例なことであり、フロストとアルビニの強い信頼関係を物語っていると言えるのである。

 とはいえ、本作は轟音ドローン・ノイズの壁で圧迫する曲だけではない。音の隙間を活かしながら空間に音の粒子が浮遊していくような静寂感漂う楽曲は、たとえばかつてアルビニが手がけたロウの『Secret Name』(1999年)のようなポスト・ロック期の名盤に通じるものがあるからだ。これもまた、エレクトリカル・オーディオ・スタジオで制作した成果でもあるだろう。

 いずれにしろベン・フロストにとっても、またスティーヴ・アルビニにとっても、本作は画期となる作品だろう。本年度を代表する傑作の誕生である。

■小野島大
音楽評論家。 時々DJ。『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』などに執筆。著編書に『ロックがわかる超名盤100』(音楽之友社)、『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)、『フィッシュマンズ全書』(小学館)『音楽配信はどこに向かう?』(インプレス)など。facebookTwitter

■リリース情報
『The Centre Cannot Hold』
2017年9月29日(金)
・ボーナストラック収録
・解説:三田 格

<Tracklist>
1. Threshold of Faith
2. A Sharp Blow In Passing
3. Trauma Theory
4. A Single Hellfire Missile Costs $100,000
5. Eurydice’s Heel
6. Meg Ryan Eyez
7. Ionia
8. Healthcare
9. All That You Love Will Be Eviscerated
10. Entropy In Blue
11. Meg Ryan Eyez (Albini Suspension Mix) *ボーナス・トラック

amazon
iTunes/ Apple Music
Spotify

■配信情報
『Threshold of Faith』(デジタル配信飲み)
発売日:7月28日(金)
詳細はこちら。

■関連サイト
ethermachines.com
mute.com

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる