姫乃たま、写真家・宇壽山貴久子に聞く“心得”「格好良く撮るためには、さりげなさが大事」

姫乃たま、写真家に“心得”を聞く

写真家になった経緯

取材中に宇壽山さんが撮影

ーーそもそも写真家ってどうやったらなれるのでしょう。

宇壽山:消去法ですね。仕事をしようって思った時、写真家のほかになかったんです。

ーーえっ、消去法! ちなみに写真はいつから始められたんですか?

宇壽山:大学で写真サークルに入ってからです。高校生の時からやりたかったんですけど、写真部に入るにもお金がかかるじゃないですか。親にカメラ買ってもらうのもなあと思ってて、大学でバイトを始めてからカメラを買ったんです。そうなると美大に行けば良かったなあという気がしてきて、三年生に進級する時に大学を辞めようと思ったんです。でも両親から大学はちゃんと出とけって言われて、大学で就職活動する時に、カメラが使える仕事……新聞社、出版社、もしくはフォトスタジオとか6社くらい受けて、案の定どこも受からなくて。卒業したらバイトでもしながら写真撮るかなんて思ってたら、留学の話があって、四大を卒業してから写真の学校に留学しました。学校選びも消去法で、英語くらいしか頑張っても喋れるようにならないだろうって思ったのと、学費もそんなにかけられないので、なるべく短期間で卒業したいからニューヨークにある二年制の大学に入学しました。美大ではなくて、写真学科のある州立大学。

ーー宇壽山さんが写真を習ったのは、留学してからなんですか?

宇壽山:そうですね。あとはバイト先で婚礼写真とかを撮っていました。インディーズバンドの撮影もいくつかした気がします。でもバンド名が思い出せないな……そしてそれは仕事ではなかった気がする。私が覚えていないだけで、ミュージシャンを撮影する機会は多かったような……。

ーーにゃはは! 写真の学校ってどんなことを習うんですか?

宇壽山:原理的なことです。絞りとシャッタースピードとか。光をこういう風に当てると、こうやって影ができますとか。主にそういうことだけだから3カ月くらいで、学び終わっちゃう。その後は、このライティングでこれを撮ってこいみたいな課題も一応あるんですけど、美大じゃないからすごくプログラムが素っ気ないというか、たとえばこれを見て批評しろとか、モデルを写真で美的に表現しましょうとかそういう授業は一切ない。あとは暗室の使い方くらい。デジタルカメラも出てきた時期だったので、フォトショップの使い方も習ったかな。ちょうどクロスオーバーしてた時期なので、フィルムとデジタル両方勉強していました。

ーーじゃあ、著名な写真家の方が来て、感銘を受けるみたいなことも……。

宇壽山:ないですね。でも、お金の授業は勉強になりました。見積もりの出し方とかを教えるクラスがあるんですよ。実際に働いていくにはどうしたらいいのか、契約はこうやって結ぶとか、アメリカ式の契約ではあるんですけど、契約を結ぶまでは仕事を始めてはいけませんとか、ギャラの最低ラインとかを教わりました。

ーーお金のことは本当に大事ですよね。なんでもそうですけど、写真家として生きていくってある程度軌道に乗るまで大変そうな印象があります。

宇壽山:私は大変だと思ったことはないですね。大変な部分を自分でやらなければいいというか。重い物を持たないとか。

ーーあっ、物理的な方! 宇壽山さんが写真家として働き始めたのは在学中から?

宇壽山:学校を出てからです。留学のために一年準備してたから、25歳くらい。卒業してからは一年間働ける仮のワーキングビザが出るので、その間に雇用してくれる人を見つけないといけません。年間で給料をこの人にいくら払いますっていう契約書を出してもらわないといけない。私はユダヤ人が経営している宝石の会社で宝石を撮っていました。私がいままでで唯一就職した会社ですね(笑)。二年間くらい。

ーー退社したのは、フリーでやっていける兆しがあったからですか?

宇壽山:会社がなくなったんです。でもなんか、なんとかなりました。

ーーニューヨークが働きやすかったってことなんでしょうか。

宇壽山:仕事を一度始めてしまうと、そこから移動するのが大変になっちゃうんですよ。

ーーあっ、たしかに私もいまからニューヨークで仕事しろって言われても困ります。

宇壽山:そうなんですよー。仕事の繋がりがある場所でやっていかないと大変なんです。

ーーしかし、なにをどうやってなんとかなったんですか?

宇壽山:フリーで活動を始めた頃に写真新世紀というコンペで賞をいただいたのが大きいです。まず仕事ではなく作品を評価して下さる方々がいて、仕事を依頼されました。それから、うーん、細々とした仕事をこう、細々と。宝石も全然興味なかったけど(笑)、それだけじゃなくて頼まれればなんでも撮ってました。結婚式とか記念写真とか。ニューヨークではほとんど音楽の仕事はしてなかったんです。

ーーライブハウスに行くと、時々ライブ撮影をしているカメラマン志望の方に会いますが、仕事を見つけるのが難しいと聞きます。

宇壽山:アメリカではミュージシャンもカメラマンも兼業している人が多かったです。デザイナーとか、フォトスタジオの経営をしながらとか。専業の人も、もちろんいましたけど。

ーーうーむ、やっぱり写真だけで生活するって難しいんでしょうか。

宇壽山:どうなんでしょう。私が高校生の時に、すごいぼうっとした先生がいて、でもたまに含蓄のあることを言うんです。その人が、「とりあえず自分ひとりだったら、どんな仕事をしたって生きていけるぞ」って言ってて、なんか大らかな気持ちになりましたね。たまに、よく写真で食べてますねって言われるんですけど、そんなに大変ではないんです。欲を出したら足りていないのかもしれないけど、大丈夫です。音楽に携わるのは面白いですよ。

■宇壽山貴久子(USUYAMA, Kikuko)

宮城県出身。早稲田大学第一文学部及びニューヨーク・ファッション工科大学写真学科を卒業後、写真家として活動を開始。
2002年『犬道場』で写真新世紀奨励賞受賞。2014年にアメリカから日本へ拠点を移す。
主な作品に、宮城県のシャーマンを撮影した『オガミサン』(2008-2009)、ニューヨークの地下鉄の乗客を撮影した『Subway』(2012-2013)、
50歳以上の女性のワンピース姿を撮影した『ワンピースのおんな』(2009-現在、『暮しの手帖』で連載中)など。
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■姫乃たま(ひめの たま)地下アイドル/ライター

1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』があり、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』がある。

姫乃たまTwitter

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