小沢健二『流動体について』の歌詞は何を伝える? 宗像明将が“多層的な構造”を読む

 「流動体について」への言及が長くなりましたが、実は私が好きなのはカップリングの「神秘的」のほうです。こちらも服部隆之によるストリングス・アレンジ。伴奏は弦楽四重奏、小沢健二自身によるギター、そしてトライアングルのみです。「流動体について」では高音で苦しそうになっていた小沢健二ですが、「神秘的」では多重録音による美しいコーラスを聴かせます。

 「神秘的」を聴いていると、「イスラム教」という言葉が出てきた瞬間に思わず反応してしまいました。「キリスト教」という言葉も出てきます。「ならば仏教は?」と考えていると、本来は仏教用語である数の単位の「恒河沙」が登場しました。イスラム教、キリスト教、仏教。イスラム過激派のISILが武装闘争を続け、大統領選でキリスト教福音派の支持を受けたとされるドナルド・トランプがアメリカ合衆国大統領となった2017年に聴く「神秘的」は、美しくも重みのある楽曲です。

 そして「神秘的」にも「都市」は登場します。ブルックリン、コネティカット、そして東京。さらに「台所」から「恒河沙永劫無限不可思議」までを歌う、ミクロからマクロまでの視点も「神秘的」には存在します。「神秘的」は穏やかながら、非常に力強い楽曲です。

 さて、『ひふみよ』の2017年3月2日の更新で小沢健二は、今回のシングルを良いと思ったような人々を「一回裏切ってしまった」と恐ろしいことを書いています。どういう点で裏切ったのか? それは次に発表される楽曲で回答が提示されるのでしょう。それを楽しみに待ちたいと思います。

■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

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