米大統領選後、反トランプのUSラッパーらは何を表現したか? 渡辺志保がレポート

 では、次は父親の立場から。「Thrift Shop」のヒットでも知られるマックルモアは「Wednesday Morning」と題された新曲を発表。

 選挙が行われた日には「僕は今、失望し、ショックを受け、震えている」という一文で始まる長いコメントとともに、インスタグラム上に娘の寝顔をアップしていました。そこには「僕は娘に愛は何かと教えたい。肌の色やジェンダー、宗教や性的指向や出自にかかわらず、全ての人々に対する愛を」と書かれており、本楽曲のリリックの中でも「娘がベッドで眠っている間に想像してみる、彼女が目を覚ました時、世界は全く同じままだろうか? 朝起きたら、全て夢の中の出来事だったと祈るよ。娘を腕に抱く、この子を育てるのはアイツじゃない」と語ります。そして、マックルモア&ライアン・ルイス名義での代表曲「Same Love」に代表されるように、兼ねてからLGBTQコミュニティーをサポートしてきたマックルモア。ここでも「俺たちはクィアの仲間の為にも戦ってきた、みんなが結婚できるように」とのラインも。「(トランプの任期である)次の4年間は、自分たちが直面している問題に対してもっと強く戦っていかねばならない」と力強く同胞に語りかけています。

 そして最後は、アメリカ大統領選挙直後の11月11日に18年ぶりのオリジナル・アルバム『We Got It from Here... Thank You 4 Your Service』を発表したア・トライブ・コールド・クエストの楽曲を。発売日から考えると、もちろんアルバムを収録したのは選挙結果が分かる前、ということになりますが、その中でも主張あふれる「We The People…」を紹介します。

ア・トライブ・コールド・クエスト「We The People…」

 最初のラインをキックするのはQティップ。「We don't believe you 'cause we the people, Are still here in the rear, ayo, we don't need you」(俺たちはここの住民だからお前のことは信じねえ、今でもバスじゃ後部座席、お前なんて必要ない)というメッセージでスタートします。

 今回の選挙、共和党への票と民主党への票がキッパリと別れ、「アメリカの深刻な分断社会」とも報じられましたが、筆者はこの報道を見て、「Separate but equal」(分離すれど平等)という、かつて肌の色による人種差別がまかりとおっていた時代のアメリカで流布されていたフレーズを思い出してしまいました。ここでQティップが指す「バスの後部座席」とは、過去、バスに乗る際は白人が前の座席、黒人は後ろの座席、というふうに「分離」されていたことを指します。事実、トランプが当選してから、人種や宗教を差別視した犯罪も増えたと報じられており、人々が正義と平等を信じてこれまで積み重ねてきたものは何だったのか、とここ日本に住んでいても虚しさを感じるばかりです。

 「We The People…」のフックでは、Qティップがアフリカン・アメリカン、メキシカン、そして貧困にあえぐ人々、イスラム教信者、そして同性愛者らに行動を呼びかけます。また、テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』での同曲のパフォーマンスも話題になりました。その様子を見て、改めて音楽の持つメッセージ性の強さに平伏した次第です。

 他にも、先述したコモンが、グッチ・メインやBJ・ザ・シカゴキッド、そしてヒラリー・クリントンと選挙の際にエンドーズメントを組んでいたプッシャ・Tを招いて選挙後にシングル『Black America Again』を発表したり、非白人で構成される人気ブロードウェイ・ミュージカル『Hamilton』のミックステープ内では、その名も「Immigrants((移民たち)」という楽曲が発表され、話題を呼びました。

 もともと、ヒップホップの音楽とは自身のメッセージをライミングなどの言葉遊びに落とし込み、スキルや思想、情熱を見せつけるもの。今後、彼らのパワーが世界にどんな変化をもたらしてれるのか、いちファンとして見守りたく思います。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
ブログ「HIPHOPうんちくん」
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blockFM「INSIDE OUT」※毎月第1、3月曜日出演 

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