TheピーズとTOMOVSKY大木兄弟を取り巻く“幸福なしつこさ” 生誕50周年ライブレポート

大木兄弟、生誕50周年ライブレポ

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 で、アンコールは、これも毎年恒例、ビートルズ関係のカバー。なのだが、スーツ姿でハルトモが登場したと思ったら、コック帽に白衣の男がケーキを押して登場、「パティシエのグレートマエカワです」。と自己紹介。「はるさん、トモくん、50歳おめでとうございます!」とケーキを差し出してろうそくを吹き消してもらおうとするも「なんではるは『さん』で俺は『くん』なの?」と超細かいクレームをつけられる。が、「似合ってる、武道館もその格好で出たらいいじゃん」と誉められもする。で、そのままグレートがベースを弾いて、ビートルズ、ジョン・レノン、またビートルズ、の3曲でシメ。3曲目「Birthday」では、さわお&増子も登場し、ステージから紙飛行機を飛ばす。ベースをグレートに預けたこともあり、ラストのふたり、自由すぎてグダグダ寸前な感じもなくもなかったが、その分、ステージから放たれる幸せなエネルギーも増していた。

アンコール
1 In my life
2 Happy Xmas -War is over-
3 Birthday

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ろうそくを吹き消す大木温之、知之とパティシエに扮したグレートマエカワ

 3部でトモ、「グライダー」の「10年前も10年先も同じ真青な空を行くよ」を「50年前も50年先も」にもじって、「50年先は無理! 60歳、還暦パーティーをまたやろう。だからみんなもあと10年生き延びろよ! 9年と364日は死んだように眠っててもいいから」とゲキを飛ばし、フロアを笑わせていた。が、大木兄弟が50歳まで揃って生きているどころかこうして現役で活動していて、それを祝うためにこんなにファンが集まっている、そんな2015年が来るとは想像してなかったなあ、俺。と、ちょっと、いや、かなり、しみじみした。

 ファンはご存知のとおり、はるは一度はピーズを活動休止し、音楽の世界から完全に足を洗い、調理師免許をとって和食屋→中華料理店で何年も働いていた人である。そして、それ以前もそれ以降も、常に「生きることと死ぬこと」と「自分が常にその両方に直面していること」に、正面から向き合い続けて、歌を作ってきた人である。再始動後はそんなことなくなったが、活動休止前は、はっきり言っていつ死んでもおかしくない人だと僕は思っていた。

 片やトモは、どんなギリギリな状況でも、発想の転換や新しい視点の導入によって、人生を楽しくしたり、どうにもならないことを笑い飛ばしたりする方法を歌にしてきた人だ。

 TOMOVSKYになってから、ではない。バンドブームの寵児だった頃からずっとそうだ。カステラのボーカリストとして世に登場した頃、つまりかわいくて過激でおもしろいバンドだと思われていた時代の「ビデオ買ってよ」や「チェンジちゃんのテーマ」といった曲たちも、実はそういう歌であることを、後年本人はインタビューで明かしていたし、ちゃんと聴けばそれはあきらかだろう。

 カステラ→コングラチュレイションズで8年、活動をTOMOVSKYに絞ってから20年の大木知之。Theピーズ結成から28年、度重なるメンバーチェンジや5年近い活動休止など本当にいろいろあったが、2002年の再始動以降は不動のメンバーでコンスタントに動き続けている大木温之。50歳になってまだやっている大木兄弟のしつこさ、そして10年経っても20年経っても30年近い年月が流れても、そんな彼らをまだ観に来るファンのしつこさ。双方のしつこさが、本当に幸福な空間を作り上げた3時間でした。

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打ち上げでのケーキカット

(文=兵庫慎司/写真=たたみ)

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