今井寿と藤井麻輝によるユニット・SCHAFT再始動の衝撃ーー名盤『SWITCHBLADE』を改めて振り返る

迷盤であり名盤『SWITCHBLADE』

 全13曲、トータル78分強。当時のCD収録時間の極限にまで迫ったこのアルバムは、波打ち際の音と印象的な女性ナレーションの不穏なインスト曲で幕を開ける。5分におよぶ澱んだアンビエント、このオープニングが作品のすべてを物語っている。無機質なリズムと異空間ノイズ、飛び交う電子音と金属音、メタリックなギターとオリエンタルな旋律が入り乱れ、歌モノの楽曲はほとんどなし。レイモンド・ワッツの猛獣の如くけたたましくうめきをあげる濁声ボーカルが、グロテスクな狂気性をさらに演出する。一筋縄ではいかないクセのあるアルバム構成は何度でも聴き手を翻弄してくる。

 ミキシングに、COIL、ダニー・ハイド、ピーター・クリストファーソン(スロッビング・グリッスル)、ギターにスティーヴ・ホワイト(KMFDM)、ボーカルには先述のジュリアン・リーガン、ジョニー・ステファンズ(ミート・ビート・マニフェスト)などの錚々たる英国の鬼才をはじめ、キース・ルブラン(Dr)、諸田コウ(Ba/DOOM)、といった唯一無二のプレイヤーたちが楽曲ごとに迎えられている。THE MAD CAPSULE MARKET’Sのリズム隊、CRA¥(Ba/現:上田剛士 AA= )とMOTOKATSU(Dr/ライブサポートとしても参加)など、当時はまだ若手だったプレイヤーの起用も目立つ。「Broken English」のオーケストラアレンジを手掛けた大島ミチルは当時、篠崎正嗣とのユニット「式部」として、NHKスペシャル『大英博物館』『ドキュメント太平洋戦争』の音楽を担当していたが、こののち、『失楽園』『模倣犯』など、日本アカデミー賞最優秀音楽賞を何度も受賞する、映画・アニメ・CM音楽における日本を代表する音楽家になった。

 こんな難易度の高い不可解なアルバムを当時のファンがちゃんと理解していたか、正当な評価がされていたかといえば、正直そうとは言い切れない。BUCK-TICKもSOFT BALLETも根本にあるものはキャッチーな歌モノロックだった。櫻井敦司、遠藤遼一という、魅惑の低音ボーカルと美麗なルックスを兼ね備えたボーカリストに注目が集まり、人気を博したといっても言い過ぎではないだろう。ただ、そこだけに収めることの出来ない音楽を彼らは提示しようとしていた。

 1993年、BUCK-TICKは『darker than darkness -style 93-』をリリースした。膨大にちりばめられたノイズ、重く歪んだギターが前面に出たサウンドであり、内向的な歌詞のボーカルトラックは極力抑えられ、タイトル通りのダークな作風だった。SOFT BALLETの『MILLION MIRRORS』(1992年)は歌モノ要素を抑え、重厚で綿密に構築された本格的なEBM(エレクトロ・ボディ・ミュージック)やIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)で、「ファンをふるいにかけた」とも言われた。リリース時に藤井は「ミーハーファンを駆逐する」とまで語っている。両バンドの問題作ともいえるこの2作は、賛否両論こそあったものの、のちに彼らが“孤高”とも言われるようになった転機でもあり、代表作になった。

 これらの動きをみれば、両バンドの核となる二人がSCHAFTとして、とんでもない音楽を作り出したことは必然の流れともいえた。リスナーは手軽に試聴など出来ない時代であり、「CD(音源)を買う」という行為自体に今とは少し違った価値観もあった。どんなに難解で奇妙な音楽でも無我夢中に耳を傾け、気がつけばいつのまにかその世界に没頭してしいる…。彼らの作り出すものは、まさにそういった至高の音楽だった。そこからさらに深く、幅広く、国内外の様々な音楽の世界へと誘われる契機になったリスナーも多かったはずだ。

 1994年の日本のロックシーンは“ヴィジュアル系”ブームの前夜だった。X JAPANが「Rusty Nail」でバンド初となるオリコンシングルチャート1位を獲得(7月)。LUNA SEAが「ROSIER」をリリース(7月)、8月にはSOFT BALLETとBUCK-TICKと共に<L.S.B.>と題したイベントを開催し、本格的なブレイクへの足がかりとなった。黒夢(2月)、GLAY(5月)、L’Arc~en~Ciel(7月)、のちにシーンを賑わすバンドが次々とメジャーデビューを果たした年でもある。海外ではナイン・インチ・ネイルズが『The Downward Spiral』をリリース(2月)し、“インダストリアル・ロック”という言葉が浸透し始めた頃だ。

 そんな時代背景の中で、一見リスナーを突き放すようにも思えた、彼らの研ぎ澄まされた音楽性は、斬新かつ強靭な魅力を放っていたのだ。何よりもクオリティの高さゆえに、自己満足や、単なる異端としては終わらせず、結果としてメインストリームとは違うところで独自のポピュラリティーを獲得することに成功した。アーティストのあくなき音楽探究は、リスナー側にも大きく影響を及ぼしたのである。

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