ケンドリック・ラマー『To Pimp A butterfly』の怪物性とは? ターボ向後監督が独自解読

『To Pimp a Butterfly』が宣言する“マントラとしてのヒップホップ”

 『To Pimp a Butterfly』というアルバムの特異性を、スタイルの上でもっとも特徴づけているのは、曲と曲との間に挿入されるポエトリーリーディグである。

 多くのヒップホップのアルバムでは、物語性を高めるために「スキット」と呼ばれる寸劇が曲間に挟まれるが、このアルバムではラマーが曲が終わる度に繰り返し「詩」を朗読している。そしてその「詩」は、アルバムが進むとともに次第に増殖していく。

 この摩訶不思議な構造は、アルバムのスタイルを決定づけているにも関わらず、欧米における批評においてあまり解説されていない。それはおそらく、極めてスピリチュアルな表現であり、密教などあらゆる宗教における「マントラ」のようなものだからではないだろうか。

 アルバム発売時のインタビューでラマーは、『To Pimp a Butterfly』を制作するにあたり、1960年代から1970年代前半に一大ムーブメントとなった「スピリチュアル・ジャズ」作品を聴き狂ったと発言している。このことは多くの批評において、スピリチュアル・ジャズを生んだ「政治と革命の時代」と、アルバムの一つのテーマである「今、黒人として生きる事」とを繋ぐミッシングリンクとして解釈されているが、ラマーはそうした政治性のためだけにスピリチュアル・ジャズを聴いていたとは思えない。

 スピリチュアル・ジャズの最高峰といえば、いうまでもなくジョン・コルトレーンのアルバム『至上の愛』だが、その作品のピークで彼は、すべての演奏が止まる中、「LOVE SUPREME.....」というマントラをつぶやき続けている。そしてその響きは驚くほど『To Pimp a Butterfly』におけるラマーの朗読と酷似しているのだ。この霊性を手に入れるために、ラマーはスピリチュアル・ジャズを聴いたのではないか。

 そう確信させたのが、驚愕のアルバム最終曲「Mortal Man」である。スキットの中で執拗に繰り返されてきた言葉の断片は、この曲において完全なマントラとして立ち上がる。そしてそこへ出現するのが、ラマーが幼いころより敬愛し、この『To Pimp a Butterfly』を捧げるとツイートしていた偉大なラッパー、故・2PACの生前の声だ。 鬱とセックスと理想的な未来について、ラマーは2PACとの会話を始める。彼は死者と交信するために、彼の鬱屈した子供時代を支えてくれた偉人と「イタコ」のように再会するために、スピリチュアリティを必要としたのである。

 音楽を含めた他国の優れた表現は、我々に5年先の天国と地獄を指し示してくれる。ラマーが告げるように、スピリチュアリティを必要としてしまうような現実は、近い将来、この日本にもやってくるだろう。そのど真ん中で彼のように勇敢に戦うために、この傑作『To Pimp a Butterfly』を聴いていきたいと思う。

■ターボ向後
AVメーカーとして史上初「映像作家100人 2014」に選出された『性格良し子ちゃん』を率いる。PUNPEEや禁断の多数決といったミュージシャンのMVも手がけ、音楽業界からも注目を集めている。公式Twitter

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