ハルカトミユキの新作『世界』が体現する、80~90年代半ばまでのイギリス音楽史

 そして、本作で最も新鮮な驚きを受けるのが、アルバムのラストに収録された「嘘ツキ」だ。i-depのナカムラヒロシがプロデュースを務め、ファションショーの音楽などを数多く手掛ける一方、Vampilliaにも参加する黒瀧節也によるカットアップも印象的なこの曲は、ハルカトミユキ初のダンストラック。とはいえ、急に完全なクラブミュージックに変化したわけではなく、バンド感を残して、ファンキーなサウンドに仕上がっている。この曲のビート感は前述したファットボーイ・スリムによる初期のヒット曲「Santa Cruz」(1996)を連想させるもので、ロックとテクノが融合するビッグビート前夜の雰囲気。80年代から90年代リバイバルへと時代が移行する中、この曲は絶妙なラインを突いていると言えよう。

 なぜハルカトミユキがこうした開放的な音楽性へと向かったのか。それはすっかりイメチェンを果たしたハルカのビジュアルと関係しているのではないかと思う。今のビジュアルのモチーフとなっているのは、やはり80年代のニューロマ期に活躍した2人組、ユーリズミックスのアニー・レノックス。そして、このユーリズミックスという名前は、「舞踏芸術」を意味する「オイリュトミー」を語源としている。『世界』はハルカトミユキにとって約一年ぶりのリリースとなるのだが、2014年はかなり創作の苦しみを味わったそうで、そこから本作へと向かう上で重要だったのが、昨年11月に行われたワンマンライブ。僕が見たリキッドルームのライブでは、ギターを置き、全身を使って楽曲を表現するハルカの姿がまさに舞踏芸術といった感じだったことをよく覚えている。つまり、身体を解放することによって音楽の喜びを取り戻し、『世界』が生まれたのだ。

 このように、『世界』という作品は一時期のイギリスの音楽史に散らばる点を見事線にしたような作品だが、本人たちがすべてを緻密に計算して作ったものではないだろう。しかし、客観的に見たときに聴き手がストーリーを描けるということは、優れた作品の必須条件なのである。

(文=金子厚武)

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