乃木坂46のアンダーライブに見えた希望の兆し 伊藤寧々卒業と研究生活動辞退に寄せて

 そんな中で、現在行われているアンダーライブは、この状況に新鮮な光を差し込む予兆を見せている。アンダーライブとはその名の通り、目下の選抜メンバーから外れたアンダーメンバーおよび研究生が出演するライブではある。とはいえ実際のところ、これは選抜から漏れたメンバーにあてがわれた単なる代替活動ではない。センターとしてチームを引き締める井上小百合や伊藤万理華、ムードメーカー的立場から良い空気作りを促す永島聖羅、「制服のマネキン」の中心に立ち、この曲の見え方さえ変えてしまう川村真洋らがアンダーライブで放つ輝きは、選抜メンバーとして活動してもなかなか発揮できない類のものだ。ここに生まれているのは、選抜漏れしたメンバーに用意された活路という以上の、ライブパフォーマンスを通じた乃木坂46の新しい武器である。

 しかし考えてみれば、ライブパフォーマンスによる魅力の発揮は、アイドルというジャンルにとってきわめてオーソドックスなもののはずだ。それが新鮮に映る、というのが乃木坂46の特性である。こうしたグループの性格は、半ば意図された方針の結果といえる。今月刊行のムック『OVERTURE』(徳間書店)で、乃木坂46運営委員会委員長の今野義雄が、「一線級の役者と並んでも遜色がないように羽ばたいてほしい」とメンバーの将来像を語るように、乃木坂46は「芝居ができるアイドル」を確立しようとしている。年間を通じての一大イベントである舞台公演『16人のプリンシパル』はそのための核である。アンダーライブが勢いを見せつけているのと同時進行で、選抜メンバーからは生田絵梨花が今月上旬、ミュージカル『虹のプレリュード』に主演し、その豊かすぎるほどの素質を堂々と見せつけた。今週16日からは若月佑美が劇作家・前田司郎の岸田國士戯曲賞受賞作『生きてるものはいないのか』に出演、25日からは衛藤美彩と桜井玲香がスーパー・エキセントリック・シアターの舞台に立つ。『プリンシパル』から繋がるメンバーの将来像が、少しずつ具体的な形になろうとしている。これらは乃木坂46の方針だからこそ具現できたことであり、このグループの大きな誇りになるものだ。

 音楽中心のライブを絶対的な核に置くわけではない乃木坂46は、今日のアイドルシーンの中では実は、一風変わった毛色を持っている。そこに、アンダーライブという新鮮かつオーソドックスな武器が備わったのが現在のグループの姿である。芝居への志向を根幹に持ちながら音楽ライブのレベルも高めつつある今、パフォーマーとしての充実度と将来性にはこれまでにない期待が込められる。

 一方で、世間的な認知としてはもちろん48系のグループのひとつだし、だからこそ先ごろ松村沙友理に関して報じられたスキャンダルも、これまで繰り返されてきた48グループの「事件」の流れで大々的に扱われる。周知のように、48グループはそんなスキャンダルを自前の「物語」の中にしたたかに取り込んできた。それと同様の基準で、乃木坂46がこの件をどう扱うかに注目が向けられるだろう。しかし、「芝居ができるアイドル」としての側面とライブパフォーマンス向上の側面、そのいずれにも手応えがあらわれてきた現在、グループ全体を覆う空気がスキャンダル発の「物語」に回収されるのはあまりに惜しい。それよりも、実を結びつつある希望の兆しの方にこそ目を向けたいし、いうまでもなくそちらの方が誰にとっても意義深いはずだ。

 もちろん、現在のような兆しはグループ結成当初から見えていたものではない。ここに至るまでに十分に自分を試す機会を得られなかったメンバー、元メンバーもいる。アンダーライブで見る伊藤寧々の姿が最後になってしまうのは正直惜しいし、まして矢田や米徳にはその手前の機会さえ十分にあったとは思えない。やるせない手触りはいまだ残る。

 けれども、グループでの経験を卒業後すぐさま芸能として形にあらわすことばかりが所属することの意義ではなく、また所属時の経験をその後の糧にするのはフロントメンバーとして華々しく卒業したメンバーだけの特権ではない。メンバーが卒業し表舞台から姿を消すことが何かの「終わり」に感じられたとしても、それはファンの側の勝手な切り取り方でしかないのだ。受け手がどう切り取ろうが、彼女たちの日々は続くし、彼女たちが見据えるのは常にその時々の「現在」だ。彼女たち全員にとって、このグループに所属することが糧に繋がればそれ以上のことはないし、今グループに見えている希望の兆しがその環境を用意するものであると願いたい。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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