磯部涼×中矢俊一郎 対談新連載「グローバルな音楽と、日本的パイセン文化はどう交わるか?」

 それに、件のパーティ・ソング群のつくりは、ANARCHYが新しいリスナーとして想定しているような普通の不良の子たちにとってはエッジー過ぎるんじゃないかと。まぁ、彼の言う“ヤンキー”に、“マイルド”の真逆と言ってもいい“ニュー”という形容詞がかかっているのは、「不良こそ最新の音楽を聴いて、格好付けて欲しい」という願いもあるんだろうけど……果たして、それは、“マイルド・ヤンキー”が好むとされる、EXILEの“マイルド”化されたポップ・ミュージックを凌駕することが出来るだろうか。

中矢:なるほど。KOHHとかKUTS DA COYOTEとか、ああいうチャラくておバカなラップを実践しようとしている人は日本にも出てきているけど、それを受容する層はまだ限られていると。対して、EXILEは独自のドメスティックな文化を形成しているともいえるか……。

磯部:『NEW YANKEE』の前半パート含め、彼らの一見、チャラかったりバカっぽかったりするラップは、実はラップ・ミュージックやベース・ミュージックのモードを意識したスノッブな表現だから、EXILEを聴いているようなリスナーにはハードルが高いんじゃないかな。そういう意味で同アルバムは“グローカル・ビーツ”(吉本秀純と大石始が監修した著作のタイトルより/音楽出版社、2011年)としても興味深いというか、グローバルな音楽や価値観を、日本向けにどうローカライズするかという問題を考える上でも興味深いと思った。

 その点、EXILEの新曲「NEW HORIZON」のローカライズの仕方も面白くて、あのMVってやたら壮大だけど、単に、新しいメンバーが古いメンバーと合流してHIROの楽屋に挨拶しに行くっていう話でしょう? そういう如何にも日本的なパイセン文化がアフロ・フューチャリズム的な壮大な世界観の中で描かれている。

EXILE / NEW HORIZON

 あるいは、ANARCHYが少年院のテレビでその姿を観て、本格的にラップをしようと思ったっていうZEEBRAもラップ・ミュージックのグローバライズとローカライズのバランスには極めて意識的なひと。「Greatful Days」(DRAGON ASH feat.ACO, ZEEBRA、99年)の「俺は東京生まれHIP HOP育ち 悪そうな奴は大体友達」は恐らく日本語ラップでいちばん有名なラインで、そこでも“ニガ”なノリが“DQN”なノリに、見事に翻訳されている。ちなみに、個人的に好きなのは「MR.DYNAMITE」(00年)で自分のリスナーを定義していく3ヴァース目に出てくる「バスじゃモロ最後部な奴ら」というライン。いわゆるゼロ年代批評では「学校を拡張したものが社会である」みたいな語り口が流行ったらしいけど、ZEEBRAはそれにも先駆けていたし、“NEW YANKEE”っていう定義より明快だよね。

中矢:パイセン文化といえば、漢が率いるMSCは同じ地元・新宿の先輩が社長を務めるLibra Recordsから名作を発表してきましたけど、漢は2012年に独立し、この6月にはDOMMUNEでLibra社長のパワハラとギャラ未払いなどがあったことを告発しましたよね(参考:MC漢ら、レーベル始動会見でBEEF宣言も 宇川直宏「ミュージックビジネスに風穴開ける動き」)。2000年代、地元の仲間とともにヒップホップでカネを稼ぎ、成り上がるというヴィジョンを描くラッパーは他にもいましたけど……。

磯部:あれはあれで今っぽいんじゃないかな。工藤明夫の『いびつな絆』(宝島社、2013年)や瓜田純士の『遺書』(太田出版、2014年)みたいな話題の不良本で描かれていた最近の不良のスタイルも、地元の上下関係より同世代の横の繋がりを重視して、パイセンだろうが気に食わなかったらガンガン捲くっていくっていうものだったし。地域共同体が弱体化すると、当然、そうなるよね。あと、漢は新しくつくったレーベル<9sari group>のオフィスをDARTHREIDERとシェアしているというのも興味深い。漢は、日本においてアウトローな表現が受容されるのには限界があると分かっているからこそ、彼とは真逆のクリーンでインテリジェントなイメージを持っているDARTHREIDERをパートナーに選んだようなところもあるんじゃないかな。それと、オフィス周りの地域住民の警戒心を解くためにカレー・パーティを催していたのも良い話だった。

鎖カレー会映像

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる