セルフカバー集を発表する椎名林檎 作曲家としての特徴を現役ミュージシャンが解説

「英語だと、一小節にたくさんの音を入れることができます。たとえば『Tell』という言葉であれば、『T』だけを強く発音しますし、文字では表せない破裂音も含まれている。強弱がつけやすいので、発音だけでリズムのように聞かせることも可能です。一方、日本語で『テル』と発音すると、『te・ru』となり、英語に比べると音として聞いたときの重さが均一です。さらに椎名さんは、全ての言葉をハッキリと発音する傾向にある。先ほども例に出した『しわしわの祖母の手を離れ~』というフレーズもそうです。しっかり上下する音符を、ハッキリとした発音でなぞっているのがわかります。しかし英語の歌を歌うときには、この“ハッキリとした歌唱”はしていない。だから、もともとの作曲のクセではなく、意識的なものでしょう。おそらく、日本語の響きをどう表現するかということに苦心していて、ある意味、演歌的なアプローチをしているのかと思います。『津軽海峡冬景色』の「上野発の夜行列車/降りたときから」のフレーズなどは、椎名さんの楽曲と通じるものがありますよね。彼女は昭和歌謡などもお好きらしいので、そういったエッセンスを取り入れているのでしょう。

 このように彼女の楽曲は非常に個性が強いため、誰がどういう風に歌っても、その特徴が薄らぐことはありません。松任谷由実さんの曲などは、別の人が歌うとその人の曲として聴こえる傾向がありますが、椎名さんの場合は楽曲の個性がそのまま残るのです。コードワークとメロディライン――椎名さんらしさを醸すこの2つの要素を、提供曲では自身のための楽曲ほど強く出してはいませんが随所に見て取れます。『カプチーノ』のサビのコード進行は、『丸の内~』のAメロとほぼ同じなのですが、『丸の内~』のほうがよりアクが強い。アレンジの問題もありますが、メロディ自体の上下が少なく、やわらかく仕上げてある印象ですね。その意味で、柔らかめなのは広末涼子さんの『プライベイト』です。この曲はコード進行を含め全体にアイドル楽曲的な雰囲気ですが、メロディラインのはっきりした上下は椎名さんらしさが表れています。どの曲にもしっかり“椎名節”が残っていることには違いないので、今回の逆輸入的なアプローチも、当然ながら椎名さんらしいサウンドに仕上がるはずです」

 今回のアルバム『逆輸入 ~港湾局~』は、原曲と比較して聴きながら、改めて椎名節の個性を確認してみるのも良いかもしれない。また、気鋭のアレンジャーたちによって、楽曲にどんな変化が表れるのかも楽しみにしたいところだ。
(文=編集部)

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