宇多田ヒカルの歴史的名盤はこうして生まれた 関係者が語る15年目の『First Love』

彼女が一番やりたいことに対して、一番やりやすい環境を整える

宇多田ヒカル「Automatic」

――宇多田ヒカルのデビューは、日本音楽史上初といって過言でないほど社会現象になりました。それから15年も経過すれば、当時の状況を知らない世代が出てきてもおかしくないし、「親が聴いていたCD」なんて話もチラホラ出てきている時代ですから、「リアルタイムじゃない世代がこの記事を読んでくれていたら」と思って話しますが、連日のようにワイドショーで歌詞の分析が行われたり、CDが品切れで買えなかったりしましたよね。しかも、DJが日本語の曲をクラブでプレイすることを躊躇していた時代に、宇多田ヒカルとMISIAだけは洋楽と混ぜてプレイされていたくらいですから。

梶:「Automatic」はまったくタイアップなしのリリースだったんですが、好意的に受け止めてくださったTV番組関係者がエンディング・テーマなどに選んでくださったりしました。初めからタイアップありきではなく、楽曲のチカラだけでタイアップを獲得できるなんて、当時ではあまり考えられないことです。本当にすごくいい経験をさせてもらった、と感じています。以降、僕たちのチームでいつも話していたのは、「デビューから応援してくれたメディアだけは、ちゃんと関係性を継続していこう」ということだったんです。

――宇多田ヒカルのプロジェクト・チームは、プロデューサー/ディレクター/プロモーター、すべての方がデビューしてから一度も変わってないですよね。普通のレコード会社のシステムだと、立場が変わったり異動があったり、部署変更は当たり前のことだと思うんですが、なぜ15年もチームを変えずに続けてくることができたのでしょうか?

梶:個人的見解になりますが、レーベルの担当とアーティストと長く携わってると、どうしても関係性が煮詰まってきてしまうんです。だからこそ、新しい血を通わせるために担当代えが行われるんですね。でも、彼女の場合は自分自身のプロデュース能力がとてつもなく高く、また、事務所の宇多田照實社長の考え方もブレがないので、我々がやる仕事というのは、「彼女が一番やりたいことに対して、一番やりやすい環境を整える」ことなんです。そのことを最優先していた結果、宇多田チームの三宅(プロデューサー)、沖田(ディレクター)、梶(プロモーター)は奇跡のバランスを保つことができたと思います。

そもそも15年前のミックスが素晴らしかった

――そういう意味では、今回の15周年盤のリマスタリングも、世界有数の名エンジニアが揃うNYのスターリング・スタジオのテッド・ジェンセンによるものですが、彼もデビュー作からずっと宇多田作品のエンジニアリングを担当されてますよね。ビリー・ジョエルやノラ・ジョーンズ、グリーン・デイなどを手掛けるスーパー・エンジニアが、再び自分の作品に手を加えて、さらにSHM-CD(高音質CD)での発売になるということで非常に楽しみにしていました。実際に聴き比べをしてみましたが、そもそも15年前に出たオリジナル・アルバムがビックリするほどクオリティの高い作品だったんだな、ということも改めて感じました。

梶:じつはスタッフ一同、リマスタリングの音源をスタジオで試聴しながら、「そもそも15年前のミックスが素晴らしかったことが再認識できるよね」ってうなずいていたんです。それをまた最新技術でリマスタリングすることによって、楽器ひとつひとつの音の輪郭がくっきりしたイメージとなり、立体感が際立つサウンドになりました。先ほど話にもあがりましたが、宇多田ヒカルの存在は知っていても、『First Love』は聴いたことがないという世代がいてもおかしくない時代なので、仮に彼らの親が『First Love』を聴いていたとしたら、ぜひ当時の話を聞きながら、一緒に今回のリマスター盤を楽しんでもらえたらうれしいですね。

 まだまだ話は尽きませんが、とにかく印象的だったのは梶さんの口から何度も「ファンのため」という言葉が出てきたこと。本当に復活を待ち望んでいるファンたちへ、現状できる最大限の恩返しをと企画してくれたのが、今回の15周年記念盤だということが伝わりました。

 彼らはどんな傑作を作っても、スタッフ全員が浮き足立つことなく、今なお真摯に音楽と向き合っている素晴らしいチーム。喉まで出かかりましたが、宇多田ヒカルの復帰については一切聞くことはしませんでした。なぜなら、ここまで僕らファンのことを真剣に考えてくれているのですから。

 それはきっと最高のタイミングで訪れるはずだし、時間をかけた分、最良の作品を届けてくれると信じています。それまでは、日本史上最高の音楽作品を最高のクオリティで聴ける『First Love』15周年記念盤を全世代で楽しみましょうよ!

※ 感想はツイッターでハッシュタグ「#FirstLove15th」をつけてツイートすれば、梶さんをはじめ、スタッフさんや、ひょっとしたらご本人もチェックしてくれるかもしれませんよ!

■YANATAKE
レコード・ショップ『CISCO』のヒップホップ・チーフバイヤーとして渋谷宇田川町の一時代を築き、レコード・レーベル「Def Jam Japan」の立ち上げやMTV Japanに選曲家として参加するなどヒップホップ・シーンの重要な場面を担う。block.fmの人気ヒップホップ番組『INSIDE OUT』のディレクター、ヒップホップDJ、音楽ライター、USTREAMなどのオペレーターとしても活躍中。昨年12月27日にコンピレーションCD『DEEP INSIDE OF FILE RECORDS CLASSICS -compiled by YANATAKE & SEX山口-』をリリース。
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