サザン桑田佳祐の名曲はなぜ切ない? ミュージシャンが"歌う和音"と"シンコペーション"を分析

 こうしてコード展開を見てみると、ひとつひとつのコードが単なる和音ではなく、常に前後の音階的に絡み合うストーリーを奏で「歌っている」ことがわかる。ほかにも「涙の海で抱かれたい ~SEA OF LOVE~」のサビでは「いとしのエリー」とは逆に、コードの構成音を使って半音ずつ上げていくことで高揚感を煽ったり、「TSUNAMI」の歌い出しでは、目立たないところでコードの低音を2拍ごとに1音ずつ下げていくことで柔らかな心の動きを表現したりと、桑田の曲には歌詞と連動した、ストーリー性のあるコード展開が散見される。小林氏は「そのようにコードが歌うことによって不安定な和音もストーリーの一要素になり、心地よい『流れ』ができる」と分析している。

シンコペーションを多用した歌唱法

 小林氏によると、桑田の歌はメロディの美しさも特筆するものがあるが、特徴として際立っているのはなんと言っても“リズム”だと言う。

「桑田さんの歌詞と歌唱方法は、日本語が持つ音の特性――抑揚の小ささ、子音のバラエティの少なさ、子音単独で発音する語の少なさによるリズムの均一性などに縛られず、独自のグルーブを生み出しています。そこには数々の技巧が凝らされているが、とりわけ特徴的なのは、シンコペーションですね」

 シンコペーションとは、ひとつの音を本来のアクセントの位置より前に出す手法で、多くの場合、8分音符ひとつ分早くなる。桑田はこの手法をボーカルに多用していて、歌い出しのポイントを他のパートより少し先に設定している。そうすることによって「アンサンブルの中でボーカルが沈まず、常に一歩抜けて聴こえる」と小林氏。

 また、シンコペーションを多用することによって、桑田のボーカルには得も言われぬ躍動感が生まれている。特に「希望の轍」におけるシンコペーションは絶妙とのこと。

「『夢を 乗せて 走る 車道』という各文節の最後の音は、全て小節の1拍目より半拍前にズレています。それだけでなく、この曲のボーカルは、ほぼ全ての小節でシンコペーションしている。この曲のトラックが比較的、淡々としているにも拘わらず、胸が苦しくなるような焦燥感や何かに対する憧れを喚起させられるのは、淡々としたトラックに対して桑田の声だけがほぼ全てシンコペーションしているからです」と、小林氏は指摘している。

 コードの中に半音階のラインを作り、“切なさ”を際立たせたり、シンコペーションで“憧憬”を喚起したりと、音楽的な技法によって様々なイメージをもたらす「桑田節」。サザンが“国民的バンド”と呼ばれる背景には、歌詞が作り出す世界観に加え、精緻に計算された音楽的な巧みさがある、と言えるのではないだろうか。
(文=編集部)

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