>  >  > 洋楽誌『クロスビート』休刊の背景事情

宇野維正の「音楽雑誌・書籍を読む」 第2回:『クロスビート』

そして、メタルと老人が残った ーー洋楽誌『クロスビート』休刊に寄せて

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 それでも、詳細なディスコグラフィーなどでビギナーズガイドとしての役割も果たし、『ロッキング・オン』よりも日本で知名度の低いミュージシャンを丁寧にフォローすることでマニア筋からも支持されていた『クロスビート』は、「良心的な洋楽誌」としての存在感は保っていた。だが、その誌面に見過ごせない変化が起こったのは、90年代末のこと。94年から『クロスビート』増刊として刊行されていたヒップホップ/ブラックミュージック専門誌『FRONT』が1999年から『blast』として月刊化され、それに伴って、それまでの長所だった誌面の多様性が、白人のロック主体なものへと固定化されていった。

 その後、00年代に入ってからの回顧企画やオールタイムベスト企画やオールドロックへの偏向、バーン・コーポレーションへの版元移行とシンコーミュージック・エンタテイメントへの事実上の版元出戻り、一旦小型化された判型がまた元の判型に戻る過程については、読者として追ってきていないので何も明言はできない。ただ、遠目からも雑誌として迷走しているのは伝わってきたし、だからこそ今回の休刊のニュースへの驚きは少なかった。

 興味深いのは、90年代まで『クロスビート』をまったくライバル視していなかった『ロッキング・オン』が、00年代に入ってからまるで『クロスビート』を後追いするように回顧企画やオールタイムベスト企画を連発し、これまで頑なにやってこなかった年間ベストもやるようになり、特集内にディスコグラフィー的なページまで作るようになったことだ。表紙にするミュージシャンのオールドロック率にいたっては、近年では『クロスビート』を超える勢いだった。もし「商業誌としての洋楽誌」に正解が一つしかないとするなら、結果として『クロスビート』は『ロッキング・オン』の先取りをしていたことになる。

 もっとも、現状としては「商業誌としての洋楽誌」に正解が一つでも残っているかどうかも疑わしい。『ミュージック・ライフ』『buzz』『blast』……本稿で挙げてきた洋楽誌はとっくの昔に休刊(事実上の廃刊)し、今や純粋な月刊洋楽雑誌として残っているのは『ロッキング・オン』と『INROCK』、そしてメタル専門の『BURRN!』とラテン音楽専門の『ラティーナ』くらい。他には『レコード・コレクターズ』『ストレンジ・デイズ』などのコレクター系かオールドロック系の雑誌。季刊を含めても『大人のロック』や『ユーロ・ロック・プレス』など若い読者層を最初からまったく想定していない雑誌ばかりだ。今の20〜30代が、10年後にこれらの雑誌を読んでいるかどうか想像してみて、明るい未来像を思い浮かべることは困難だ。

 しかし、「洋楽誌の終焉=音楽雑誌の終焉」と短絡的に考えるべきではないと、最後に言っておきたい(音楽雑誌全体の未来については本稿の本題ではないので機会を改めたい)。音楽を洋楽と邦楽に分けること。そしてさらに洋楽の中でも、現在でも比較的リスナーが残っているティーンアイドルやR&B/ヒップホップやクラブミュージックを周到に排除して、白人のロックを中心に据えること。『ロッキング・オン』や、ある時期からの『クロスビート』が拠って立ったその場所は、ある世代のある層に限定された、日本国内だけの極めてイビツな風土であった(それに比べれば、音楽をジャンルで限定したメタル誌のような存在はまだ健全だし、海外にも類誌は多く存在してきた)。そして、そのイビツな風土から生まれ、80〜90年代にその全盛期を迎えた洋楽誌の終焉は、ネットの影響とかを語る以前に、日本人のアングロサクソン系白人ロックに対する幻想の終焉が導いたものと言った方が、より正確だと自分は考えている。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter

      

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