ロシアの自殺ゲーム「Blue Whale」の衝撃 井上明人×高橋ミレイ対談(後編)

自殺ゲーム「Blue Whale」の衝撃(後編)

日本で注意すべきコミュニティと、対策について

井上:ちなみに、Blue Whaleのような問題が起きるとしたらどのあたりのコミュニティだと思いますか?

高橋:ツイッターだと起きにくいという気がしますし、ある程度閉じていて匿名性がある、しかし誰もが登録できるコミュニティで起きやすいと思います。10年前ならmixiで起きそうでしたが、今だとどこだろう…。

井上:なるほど。あとは、そもそもネットで普通にアクセスできなくて、ガラケーだけから見られるものとか。PCやスマホでネットをする人たちからは見えにくくなり、そういうサイトで何か起こることもありえるでしょうか。

高橋:中高生限定のSNSとして「ゴルスタ」というものがありました。運営に文句を言ったりルールを破ると強制退会になって、アカウント復帰したいユーザーにはTwitter上で公開反省文を書かせたりと、わけのわからないルールが多数あって、しかも、運営側が規則を破ったユーザーのプライバシーをオンラインに晒すこともあった。これはマインドコントロールの一種だと批判を浴びて炎上する、という事件になりました。

井上:年齢層で限定されるSNSは、謎のルールがよくできますね。かつて「ぱどタウン」という、小学校高学年から中学生をベースにしたSNSがありましたが、「はしご禁止」というルールがありました。要するに「私の友だちと勝手に友だちにならないで」という内容で、まさに小学生の女子が言いそうなことだなと。

高橋:言いそうですね(笑)。

井上:もちろん、大人の目が入りにくいコミュニティには、そういう傍目からはおかしなルールがどんどん生まれて、それが特殊な豊かさをつくっていく面も大いにあると思うんです。同時に、それは洗練されていない仕組みでもあるわけで、いろいろな問題も起こしますね。

高橋:確かに、中高生からして見れば、フェイスブックは自分の親世代のおじさんやおばさんがいて嫌だし、ツイッターは誰に見られるかわからないですよね。年頃的にも同世代だけでワイワイできるコミュニティを作りたがります。おっしゃるように、それが豊かな体験をもたらしてくれることもあると思うのですが、そこに変なものが入り込んでいくという可能性もあります。また、自殺願望を持つ人が集まるグループはフェイスブックにもあり、そういう場所で何かが起こる可能性もゼロではないでしょう。

井上:日本でBlue Whaleのような問題が起こる可能性をゼロにするのは無理で、できることはその件数や、深刻度合いを下げるということだと思います。

高橋:そうですね。予防するためのアクションを起こそうとする時、往々にしてポジティブな運動より、ネガティブなもののほうが大きな影響力を持つ傾向があるのが課題になりそうです。例えば、ロシアのBlue Whale事件を受けてつくられた「シロクマ」というコミュニティは、現在の参加者が1万4000人程度に留まっています。そこでは精神科医や専門家が、Blue Whaleに対抗するプログラムを立てているのですが、ポジティブな意図で始めたコミュニティがそこまで広がっていない一方で、Blue Whaleは世界各国で社会問題と化すほどの広がりを見せている。そこが難しいところなのではないかと思います。

 おそらく人間の防衛本能にもつながる話だと思うのですが、ネガティブなものに注意が向きやすい。シロクマのように、ゲーミフィケーションにおいては、シリアスゲームのような形で、教育や社会福祉にゲームを生かしていこう、という動きもありますが、そのなかで何ができるのだろうか、と考えてしまいます。

井上:おっしゃるとおりで、シロクマみたいな取り組みは非常に素晴らしいとは思うのですが、結局、いいことをしている話はメディアに取り上げられやすいものの、一方で人間のプリミティブな欲望を誘うような部分が非常に薄い設計になっていることが、かなり多い。何の捻りもなく、どストレートに「いいことをするゲーム」を作ろうとする人には、正直なところあまり期待できないところがあります。あるシリアスゲームのプロジェクトで「ゲームにハマりすぎないように、一日30分以上プレイできないようにしよう!」という話が出たことがあったのですが、この発言をする人と一緒にクオリティのあるゲーム体験を設計するというのは、正直ちょっと厳しい。「面白いもの」をまず考えてほしいです。

 それよりも、いま、ゲーム産業のなかにある素晴らしいゲームのほうが、結果的によほど教育効果が高い面もあります。先ほど話題に出た『エースコンバット04』だったら、プレイヤーが救国の英雄として扱われ、同時に敵国にとっての悪魔という感触も得られるような演出があります。勝利を無邪気によろこぶのではなく、味わいのある文学のように考えさせられるものになっている。こういうものはすでにたくさん出ているわけです。

 ネガティブで、人のプリミティブな欲望、関心を惹くものに対抗する、という話でいうと、人によって評価が大きく分かれる話ではありますが、ISISの首切り動画が日本に出回ってきたときに、一部のギーク的な人たちが、動画のパロディネタをつくる、ということをしましたね。

高橋:「ISISクソコラグランプリ」ですね。

井上:不謹慎なことでもあるのですが、同時に、首切り動画というリアリティを、完全にスパンと切り落としてくれたんです。

高橋:ギャグにしてしまった。

井上:そう、中東で同じことができるかと言えばできないと思いますが、ああいうものが日本に上陸するのを防いだという意味では、素晴らしかったと思います。「ゲームってこんなに素晴らしいものでもあるんですよ!」と表面的に教育的なものをやっている人より、ある種の遊びとして行われるもののほうが、極めて実戦的だということです。

高橋:フランスのメディアなどは高く評価していましたね。ギャグという形でテロに対するカウンターアクションを起こした、と好意的に解釈してくれて。

井上:センスがなかったり、間違えると大変なことになりますし、あれは本当にうまいと思います。僕は3.11のあと、“節電力”を戦闘力に置き換えて戦わせる『#denkimeter』というゲームアプリを友人と一緒につくりました。これが、社会的に意義のある、思いやりにあふれたプロジェクトとしてさまざまなメディアに取り上げていただけたのですが、やっていることは全然、優等生的なものではないんですよ。3.11で鬱々としているなかで、節電できていない人に対して、「節電力◯◯か、ゴミめ!」「このクズが!」とかを言い放つようなネタアプリだったんです(笑)。そこでウケた部分が大きいです。

 油断すると、いいことをやっている社会的意識の高い人だという扱いをされてしまうのですが、それを「ゲームで節電を楽しむ」と要約すると、それは要約のしすぎで、重要なところが抜け落ちてしまう。

高橋:Blue Whaleのような問題への対策も、実はそのあたりにヒントがあるのかもしれませんね。そして、日本のネット民には、そのようにネタ化して、悪意のあるネタ元すらも陳腐化させるセンスがある気がします。

井上:川上量生さんなどはそのあたりに自覚的で、ニコニコ動画をそういうプラットフォームにしよう、という明確な戦略があったようです。例えば、「ステマ」という言葉が流行しはじめたときに、この概念自体がネットにとっていいものではないという思いから、速攻で「ステマ祭り」というネタにしたり。ある種、“志の高いVIPPER”のような人たちが重要なのだと思います。面白いもの、に対してストレートな人たち。

高橋:なるほど、もしかしたら“笑い”というのが重要なキーワードかもしれませんね。

井上:そして、笑いはゲームと同等かそれ以上に難しい。またこのあたりの議論に進展があったら、ぜひお話させてください。

高橋:本日はありがとうございました。

(構成=編集部)

■井上明人
1980年生。現在、関西大学総合情報学部特任准教授、立命館大学ゲーム研究センター客員研究員。#denkimeterプロジェクトを提唱し、CEDEC
AWARD ゲームデザイン部門優秀賞。単著に『ゲーミフィケーション』(NHK出版,2012)

■高橋ミレイ
編集者。ギズモード・ジャパン編集部を経て、2016年10月からフリーランスに。デジタルカルチャーメディア『FUZE』創設メンバー。テクノロジー、サイエンス、ゲーム、現代アートなどの分野を横断的に取材・執筆する。関心領域は科学史、哲学、民俗学など。

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