荻野洋一の記事一覧

荻野洋一の『ジャッキー』評:女性の一代記にせず、“倒錯の儀式”を描いた潔さ

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荻野洋一の『バンコクナイツ』評:空族が描いた“桃源郷”は、未知の体験へ観客を誘う

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石川慶監督の登場は、日本映画史における“事件”だ 荻野洋一の『愚行録』評

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荻野洋一の『恋妻家宮本』評:これが観客の求めるリマリッジ・コメディなのだろうか

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荻野洋一の『エリザのために』評:クリスティアン・ムンジウの映画とは“負ける映画”である

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年末企画:荻野洋一の「2016年 年間ベスト映画TOP10」

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『ローグ・ワン』が描く、無名者たちの墓碑銘ーー原題に込められた意味を読む

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荻野洋一の『ヒッチコック/トリュフォー』評:作家主義への誇りを再確認させるドキュメンタリー

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荻野洋一の『母の残像』評:“2016年路地裏の映画史”ラストを飾る、〈母の死〉から始まる物語

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荻野洋一の『続・深夜食堂』評:あまりにもさりげなく提示される食、生、そして死

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黒沢清はイメージの狂気の中を彷徨っている 荻野洋一の『ダゲレオタイプの女』評

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『世界一キライなあなたに』がリアリティを持ち得た理由 荻野洋一が劇構造から読み解く

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荻野洋一の『怒り』評:森山未來、綾野剛、松山ケンイチらの熱演が作品にもたらしたもの

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『イット・フォローズ』監督、幻の青春映画『アメリカン・スリープオーバー』の放つ無償の輝き

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荻野洋一の『ゴーストバスターズ』評:ポール・フェイグ監督がリブート版で捧げたオマージュの数々

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荻野洋一の『ロスト・バケーション』評:86分ワンシチュエーションに宿るアメリカ映画の粋

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荻野洋一の『トランボ』評:まれに見る戦いの物語であり、映画そのものへの愛の物語

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荻野洋一の『シリア・モナムール』評:死体の山の上で、人はそれでもシネフィルであり得るのか

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荻野洋一の『ひそひそ星』評:倫理性を超える「詩」は生まれたか?

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荻野洋一の『シビル・ウォー』評:スーパーヒーローたちの華麗なる饗宴の影にあるもの

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荻野洋一の『ルーム』評:“感動させる”演出に見る、映画としての倫理の緩み

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荻野洋一の『無伴奏』評:政治的季節を舞台とした、性愛と喪失の物語

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荻野洋一の『母よ、』評:痛覚にうったえかける、最も現代的な映画

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