『カムカムエヴリバディ』は期待を裏切る? 脚本家・藤本有紀の“天才的な省略の巧さ”

『カムカム』藤本有紀の天才的な省略の巧さ

 そこにはおそらく「天才的な省略の巧さ」があるだろう。日々の食卓や家族の会話、あんこを炊く様子、美味しそうな和菓子や職人たち、友人との会話、ご近所さん、街並み、神社、自転車の配達風景、河原を吹く風、夕焼け、揺れる野花、走る野球部員たち、ラジオ体操、映画、コーヒーと流れるジャズ、そしてラジオから流れる音などなど、時代の風俗や日常の風景が実に丁寧に描かれている。

 もちろんそうしたゆるやかな日常の描き方には、演出の妙も効いているわけだが、何しろ省略が巧みだ。

 実は15分という短尺の中で「日常」をしっかり見せるのは非常に難しく、その1カットを差しはさむためにいかに余分な部分をそぎ落としていくかが問われる部分でもある。

 例えば、近年の朝ドラで「日常」の描き方が非常に秀逸だったのは、岡田惠和脚本×有村架純主演の『ひよっこ』(2017年度上半期)がある。ヒロインが出稼ぎで上京した後、母の炊事を妹が手伝い、その間に弟が座布団を並べているなど、家族の中でごく自然に行われるルーティンを入れることにより、日常にリアリティとともに家族の健全さが見えた。

 しかし、『カムカム』のように時間の流れが早い物語で、そうしたわずかな日常風景をはさみこむ時間を捻出するのは、なおさらに難しい。

 にもかかわらず、視聴者は『カムカム』を観たときに、技アリの難しい作品を観ている印象を抱かない。象徴的なのは、お互いの気持ちが通じ合った安子と稔の変化を、手紙のやりとりの文面だけで聞かせることにより、二人が心を通わせていく様だけでなく、忍び寄る戦争の暗い影も、まるで絵本のページをめくるように見えてくるのだ。

 そこにとって付けた感は全くなく、点と点の時の抽出でもなく、変わりゆく季節とゆるやかに流れ続ける時間の中で、嘘や矛盾、唐突感がなく、登場人物それぞれが常に生き続け、物語がスイスイ入ってくる。おまけに、朝ドラにおいては、積極的に笑わせようとすればするほどスベリがちな鬼門でもある「笑い」の盛り込み方が、抜群に巧い。

 巧みな省略により、従来の「耳で聴いてわかる」朝ドラのスタイルを維持しつつも、そこに感情を大きく揺さぶる仕掛けをたくさん盛り込んでくる2度目の藤本有紀朝ドラ『カムカムエヴリバディ』。その凄まじい巧さに、舌を巻く日々である。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか 
写真提供=NHK

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