『野ブタ』の先駆性、“ベスト再放送”の『アシガール』……コロナ禍を振り返るドラマ評論家座談会【前編】

 2020年4月クールのドラマは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、多くの作品が撮影の休止を余儀なくされ、放送も延期される異例の事態となった。そんな状況の中で、視聴者を楽しませてくれたのが、往年の名作ドラマの再放送や、完全リモートによって製作された名脚本家たちの短編ドラマだ。

 3月から現在まで、かつてない状況に直面した日本のドラマ界を振り返るために、レギュラー執筆陣より、ドラマ評論家の成馬零一氏、ライターの木俣冬氏、田幸和歌子氏を迎えて、座談会を開催。前編では、再放送作品の中でも特に評価の高かった『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)、90年代から現在まで活躍を続けている脚本家、北川悦吏子と中園の作家性、そしてリモートドラマの今後まで、じっくりと語り合ってもらった。

先駆的だった『野ブタ。をプロデュース』

『野ブタ。をプロデュース』(c)日本テレビ

ーー新型コロナウイルスの感染拡大により、4月クールのドラマの多くが放送延期を余儀なくされました。そんな状況の中、数々のドラマが各局で再放送されるかつてない状況となりましたが、気になった作品はなんでしょうか?

成馬零一(以下、成馬):2005年の『野ブタ。をプロデュース』が一番よかったです。数々の作品が再放送されましたが、次クールのための番組宣伝の領域を出ないものがほとんどで、もっと自由に作品選定をしてほしかった思いもあります。そんな流れとは違う角度から放送された『愛していると言ってくれ』(TBS系)、『やまとなでしこ』(フジテレビ系)もよかったですね。

木俣冬(以下、木俣):私も『野ブタ。をプロデュース』『愛していると言ってくれ』は、この時代に観ても非常に面白かったです。話数を短縮する総集編での再放送作品もある中、この2作品は全話しっかり放送してくれたので、「続きは? 続きは?」と前のめりで楽しめました。

田幸和歌子(以下、田幸):私も一番面白かったのは、『野ブタ。をプロデュース』です。全く古びていないどころか、現在の価値観の方が、“同調する空気の怖さ”という作品の描いていたテーマに合っていると感じました。ほかにも、コロナ禍というところで、現実とそのままリンクしている要素もあった『JIN -仁-』(TBS系)は心に響くものがありました。流行り病コロリ(コレラ)によって、市民は外に出られない、特効薬もない、とにかく封じ込むことが最優先……『JIN』が描いていたものとまるで同じ状況ですよね。時代劇ということもあり、今回初めて視聴する方も他の再放送ドラマに比べてすんなり受け入れられるものがあったのではないかと思います。ちょうど映画『キングダム』が地上波で放送されたこともあり、まったく違う役柄の大沢たかおさんを同時期に観ることができたのも面白かったですね。

ーー皆さんから『野ブタ。をプロデュース』が挙がりましたが、改めてその魅力はどこにあったのでしょうか?

成馬:田幸さんもおっしゃっているように、『野ブタ』のすごいところは2005年の時点で現在の世界の状況を描いていたところにあると思います。あるいは、『野ブタ』で描かれた教室が現在の世界になってしまったと言うべきでしょうか。『野ブタ』はスクールカーストの本質、同調圧力の怖さ、誰もが入れ替え可能で、その場の空気で立場が逆転してしまう怖さなどを描いていましたが、それはあくまで学校の教室の中の世界だったんです。でも、FacebookやTwitterなどのSNSの興隆によって、今はそれが現実の世界にまで広がってしまった。『野ブタ』では“情報”をどう扱うかが、巧みに描かれていましたが、それはまさに現在の我々が抱えている問題と重なっていると思います。

木俣:人と人が良好な関係を築くためには、本音を隠してその状況にあわせてさまざまな仮面を付けなくてはいけない。それがこの十数年の間により顕著になったことだと感じています。現実の世界とインターネットの世界があり、“素”の自分がどこにあるのか分からなくなっている。『野ブタ』はそういった問題を2005年の時点で修二(亀梨和也)の姿を通して描いていました。脚本の木皿泉さんの先見の明はすごいと思いますし、かなり際どい題材だったのにOKを出したプロデューサーの河野英裕さんもすごい。河野さんは近年では『ブラック校則』(日本テレビ系)も手がけていますが、ずっと人間の本質を描くことにこだわっているんだなと改めて感じました。

成馬:コロナ禍で浮き彫りになったことの一つに、真偽のわからない情報が拡散していくインフォデミックの問題があると思うんですよ。SNSの世界は何が真実で何が嘘か見極めるのが本当に難しい。「情報を操作して人々の価値観を変える」という行為は、ポジティブに描くと修二と彰(山下智久)が、信子(堀北真希)をプロデュースして人気者に変える姿になるのですが、ネガティブに描くと、蒼井(柊瑠美)がやっていたような、不安と恐怖を煽るようなものになってしまう。フェイクニュースの問題をあの時期に描いていたのは、本当に先駆的だったと思います。

田幸:蒼井が“敵”として描かれているようでありながら、最終的に修二、彰、信子の3人と同じであって、ただそれを分けるのは信頼できる仲間を得ることができるかどうかという点もよかったと思います。主人公でクラスの真ん中にいた修二が、ふとしたきっかけでクラスメイトの信頼を失って堕ちていくことが象徴的だったように、『野ブタ』の登場人物は一面的なキャラクターではなく、みんな多面性があった。だから、多くの視聴者が他人事ではない自分の物語として観ることができたのだと思います。

ドラマ史全体を俯瞰できる再放送を

成馬:あとは、『野ブタ』をやるのでしたら、木皿さんが脚本を手掛けた『Q10』(日本テレビ系)も放送してほしかったですよね。

田幸:やってほしいですね。改めて振り返るとキャストも豪華なんですよね。主演が佐藤健さん、ヒロインが前田敦子さん、クラスメイトには、蓮佛美沙子さん、賀来賢人さん、柄本時生さん、高畑充希さん、福田麻由子さんと錚々たる顔ぶれが揃っている。

成馬:『野ブタ』は主役3人の美しい関係を描いた一方、ほかのクラスメイト、いわゆる“モブキャラ”になっていた生徒たちの背景はうまく描けなかったわけですよね。当然、その他大勢に見える生徒たちにも、いろんな悩みやドラマがあったわけで、そこで『野ブタ』ではできなかったことに踏み込み、他視点群像劇を展開したのが『Q10』でした。同時に『野ブタ』で展開された都市伝説的な要素は、ロボットのヒロイン・キュートを登場させることで、より洗練されたものとなっており、『野ブタ』で描けなかったことが『Q10』を観るとよくわかる。メッセージ性が強く出過ぎてしまったため『野ブタ』に較べると間口の狭い作品ではあるのですが、続けて観ると作り手の意図が、より伝わると思います。だから『野ブタ』を放送するなら『Q10』も放送してほしいですし『すいか』(日本テレビ系)も放送してほしんですよね。

 今回の再放送ブームはいい傾向だと思うのですが、そういった脚本家や演出家の歴史を“流れ”で見せるような展開はほとんどありませんでした。点で終わっていて線になっていかない。せっかく再放送をやるのでしたら、ドラマ史全体を俯瞰して見ることができるような流れを作ることが大事だと思います。だから、『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』(TBS系)を放送するのなら、同じ堤幸彦監督の『ケイゾク』(TBS系)も放送してほしい。日本テレビの『金曜ロードSHOW!』では、何年にもわたってジブリ映画の再放送が行われています。何年も続けてジブリ映画が放送されることによって、意識的にせよ、無意識的にせよ、多くの人が日本のアニメーション史が頭の中にマッピングされていると思うんです。だから、宮崎駿監督、高畑勲監督がいて、庵野秀明監督、細田守監督、新海誠監督へと連なっていくアニメ史の流れが、アニメ評論に興味がなくても、なんとなく分かる。権利関係の問題で難しい面もあるかと思いますが、今後、再放送文化を残すのであれば、日本のドラマ文化が俯瞰できるような編成を意識してほしいですね。

木俣:おっしゃるとおり、今後も再放送文化が根付くようであれば体系付は重要ですね。それこそ、地上波では難しくても、Paraviなどの配信サイトではそういったガイドラインがあるといいですよね。その意味において、意図したものではないと思いますが、『愛していると言ってくれ』の後に『やまとなでしこ』が放送されたのは、非常にいい流れだったと思います。『愛していると言ってくれ』をはじめ、『ずっとあなたが好きだった』『青い鳥』など数々のヒットドラマを手がけた貴島(誠一郎)プロデューサーにお話を聞いたとき、「TBSはフジテレビに対抗するために、ラブストーリーにホームドラマの味わいを残している」と語っていました。一方、90年代のフジテレビドラマ、特に“月9”は、ホームドラマ要素はほとんどなくて、“ザ・ラブストーリー”だったと思うんです。それが逆転しているのが、『愛していると言ってくれ』と『やまとなでしこ』で。前者はまさに“月9”的な作品であり、後者はTBSドラマを意識したようなホームドラマ要素が入っている。作家で括るのも面白いと思いますが、同時代のドラマを局ごとに比較して観ると、また新たな発見があるなと感じました。

田幸:『愛していると言ってくれ』を観ていて感じたのは、ヒロインの紘子(常盤貴子)が、すごく魅力的なキャラクターの一方で、あのアプローチの強さを受け止められる人は今はなかなかいないだろうなと(笑)。現在は人との距離感を強く意識する時代になったと思いますが、紘子は容赦なく飛び越えて懐に入ってきますから。朝ドラ『半分、青い。』(NHK総合)の鈴愛(永野芽郁)も紘子とそっくりなキャラクターで、溢れんばかりのパワーが物語を面白くしていましたが、彼女を受け入れることができない方も一定数いるだろうなとは感じていました。

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