イメージが覆される驚きの多い作品に 『オンリー・ザ・ブレイブ』の“おそろしき美”

『オンリー・ザ・ブレイブ』のおそろしき美

 本作の監督、ジョセフ・コシンスキーは、荒くれたちの雰囲気とは真逆の印象のある人物だ。名門といわれるコロンビア大学の大学院で修士課程を修了し、研究所でCG映像の技術開発にたずさわりながら、映像クリエイターとして、ディズニー映画のリメイク『トロン:レガシー』や、トム・クルーズ主演のSF『オブリビオン』を撮った、きわめて繊細な感覚を持つCGの専門家である。

 彼にとって一見ミスマッチにも思える、マッチョイズムに満ちているように思える題材は、対象から距離をとるような演出や、大自然との対比によって、いままでSFを題材にしていた、コシンスキー監督の先進的な映像世界に、かつてない力強さを与えているように思える。とくに夜の闇を照らす広大な炎や、ポーチに座る男たちと雷光のアンサンブルなど、本作の絵画的な画面には、圧倒的な美意識が宿っている。本作に比べると『トロン:レガシー』や『オブリビオン』の繊細さが、物足りないとすら感じられてしまう。現時点で本作がコシンスキー監督の代表作になることは間違いないだろう。

 しかし、なぜ本作の映像には、このような力強さが宿ることになったのだろうか。ここで思い出すのは二つの名作映画だ。

 一つは、大自然を雄大なスケールで描いた、巨匠ウィリアム・ワイラー監督による西部劇の傑作『大いなる西部』(1958年)である。画面いっぱいに広がる、入植者によって開発されていない、だだっ広い荒野のなかに、殴り合う人間たちをごく小さく配置するというスペクタクルシーンは、公開当時から話題となった。そこでは腕力を振るう人間が、ただ大自然にしがみついている、小さく無力な存在に過ぎないことを強調している。画面のなかに強さと弱さという、対照的な二つの要素が並ぶことで、スペクタクルにさらなるダイナミズムが発生するのである。このような対比構造は、本作の屈強な男たちが大自然の脅威に挑むという構図と重ね合わせることができる。

 もう一つ思い出すのは、複数の監督が5話構成で撮った超大作『西部開拓史』(1962年)だ。このなかで名匠ジョン・フォード監督が撮った、南北戦争を題材にしたエピソードでは、戦火によって夜中に家屋が炎上する光景を、おそろしく、そして美しく撮影している。南北戦争は実際に起きた史実なので、被害を考えれば、そこに“美”を見いだすことに躊躇を感じるのは確かだ。しかし、だからこそ、そこには相反する価値観からくる葛藤によって生まれる、単なる美しさを超えた、心を揺さぶるような美しさが潜んでいるといえる。

 このように、かつてアメリカを代表した監督が、相反する価値観「アンビバレンス」を映像の力の源泉として、エモーショナルなスペクタクルを表現してきたように、本作『オンリー・ザ・ブレイブ』もまた、その領域に足を踏み入れる傑出した作品であるように感じられる。このような相反する要素は、物語のレベルでも、映像のレベルでも見られるのだ。

 そしてそれは、ジョシュ・ブローリンの演じる隊長が見る夢のシーンにも表れている。幻想的な夜の森林火災のなかで、肉体を燃やし続けながら走り抜けていく巨大な熊。おそろしさと美しさを同時にあわせ持つ、この燃えた熊こそが、彼を危険な消防活動に駆り立てる象徴なのだ。そこから与えられる“勇気”とは、“狂気”と紙一重の感情である。森林火災を食い止める目的は、もちろん市民の安全のためであろう。だが私には、本作で示された呪いのように“おそろしき美”に魅了されたという方が、より深く納得することができる。『オンリー・ザ・ブレイブ』 に私が惹かれるのも、まさにその部分であるからだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト

■公開情報
『オンリー・ザ・ブレイブ』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:ジョシュ・ブローリン、マイルズ・テラー、ジェフ・ブリッジス、テイラー・キッチュ、ジェニファー・コネリー
配給:ギャガ
原題:Only the Brave/2017/アメリカ/カラー/134分
(c)2017 NO EXIT FILM, LLC
公式サイト:http://gaga.ne.jp/otb/

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