『空飛ぶタイヤ』に見る、池井戸潤実写化作品の変化 『半沢直樹』以降のアプローチを読む

“池井戸潤”実写化作品の変化を読む

 現在公開中の映画『空飛ぶタイヤ』は池井戸潤の原作小説を映像化したものだ。トラックのタイヤ脱落事故を起こした赤松運送会社の社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、自社の整備不良という調査結果が出たことで窮地に追い込まれる。しかし、整備士が精密に記録していた整備手帳の点検シートをみた赤松は原因は整備不良ではなく、車両自体にあるのではないかと疑問を抱くようになる。しかし、製造元のホープ自動車は赤松の意見を取り合おうとしない。事故の影響で会社の信用が落ちて仕事が激減し、メインバンクからの融資も取りやめになりそうな危機的状況の中、赤松は過去にトラックのタイヤ脱落事故のあった運送会社に直接出向き、独自の調査を始める。

 『空飛ぶタイヤ』は2006年に実業之日本社から刊行され、09年にWOWOWで全5話のドラマとなっている。原稿用紙にして1200枚を超える長編小説のため、どちらも映像化に向けたアレンジが加えられているのだが、ドラマと映画の印象はだいぶ違う。

 一言で言うと映画版はヒロイックだ。主人公の赤松を長瀬智也、敵対するホープ自動車・カスタマー戦略部長の沢田悠太をディーン・フジオカ、そして第3の主人公とも言える銀行マンの井崎一亮を高橋一生、という人気俳優が3人揃っており、この3人がそれぞれの立場で事件に立ち向かう姿を勇ましく描いている。

 対してドラマ版の赤松を演じたのは仲村トオル、沢田を演じたのは田辺誠一、井崎を演じたのが萩原聖人と、当時としては渋いキャスティングだ。物語は群像劇的で、それぞれの立場の人々が自分の会社や家族を守るために行動することで物語が動き、その結果として企業社会という日本人を縛るしがらみの恐ろしさが浮き上がる構造となっていた。

 もっとも違うのは家族の描かれ方だろう。映画版では赤松の息子がいじめに合う場面こそあるものの、ドラマ版に比べるとエピソードの多くは省略されている。ドラマ版では、ホープ自動車の融資の査定をする井崎がリコール隠しを企てるホープ自動車・常務の狩野威の姪と付き合っており、そのしがらみゆえに苦しむというオリジナルエピソードが加えられていたが、自分の信念を貫こうとすることで家族や恋人に迷惑をかけてしまうのではないかという葛藤は、映画版では淡白なものとなっている。

 2時間の映画に納めるための取捨選択と言ってしまえばそれまでだが、その結果、ドラマ版と映画版の印象はだいぶ違うものとなっている。これは池井戸作品に求められる役割が時代とともに変化していることの現れのように感じた。

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